名鉄岡崎市内線
岡崎市内線 | |
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殿橋を渡る岡崎市内線 | |
概要 | |
現況 | 廃止 |
起終点 |
起点:大樹寺駅 終点:福岡町駅 |
駅数 | 23駅 |
路線 |
挙母線:大樹寺 - 岡崎井田 岡崎市内線:岡崎井田 - 岡崎駅前 福岡線:岡崎駅前 - 福岡町 |
運営 | |
開業 |
開業式典日 1898年12月28日[注釈 1] 営業運転開始日 1899年1月1日[注釈 2] |
市内線全通 | 1924年12月27日 |
福岡線開業 | 1951年12月1日 |
廃止 | 1962年6月17日 |
所有者 |
岡崎馬車鉄道→岡崎電気軌道 →三河鉄道→名古屋鉄道 |
路線諸元 | |
路線総延長 | 8.8 km (5.5 mi) |
軌間 | 1,067 mm (3 ft 6 in) |
電化 |
直流600 V, 架空電車線方式 |
駅・停留所・施設・接続路線 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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岡崎市内線(おかざきしないせん)とは、愛知県岡崎市内の岡崎井田と岡崎駅前を結んでいた名古屋鉄道(名鉄)の路面電車。便宜的には福岡線(ふくおかせん)の岡崎駅前間 - 福岡町および挙母線(ころもせん)の大樹寺 - 岡崎井田間を含む、大樹寺 - 福岡町間を指す。
路線データ
[編集]路線廃止時点のもの。
- 路線距離:8.8 km
- 軌間:1067mm
- 複線区間:康生町 - 岡崎駅前間(岡崎市内線)
- 電化区間:全線(直流600V)
歴史
[編集]岡崎の市街地(額田郡岡崎町)と官設鉄道(のちの国鉄、現・JR東海)岡崎駅(当時岡崎停車場、同郡岡崎村大字羽根)が離れていたのを結ぶため、当初は馬車鉄道として、1898年(明治31年)12月に開業式典を行い[11][12][13][注釈 1]、1899年(明治32年)1月に営業運転を開始した[5][6][7][8][9][注釈 2][疑問点 ]。区間は、岡崎町内殿橋南詰(所在地岡崎町明大寺下郷中、現・殿橋南詰交差点付近、現所在地岡崎市明大寺町下郷中[14])から岡崎停車場(距離:2哩0分3厘=2M03C≒約3.3 km、1M(哩)≒1.609 kmで換算)で[2][5][7][15][注釈 3](一部の文献では、開業区間を「明大寺(後の東岡崎駅前)- 岡崎停車場(後の岡崎駅前)間」[8][9]、殿橋南詰までの到達を「1899年(明治32年)12月」[9][16]と記載している)[注釈 4][注釈 5][注釈 6][疑問点 ]、1907年(明治40年)6月には、殿橋南詰対岸の殿橋北詰(距離:0哩1分2厘=0M12C≒約0.2 km、岡崎停車場までの合計距離:2哩1分5厘=2M15C≒約3.5 km、所在地岡崎町大字康生[17][18]、現・殿橋北交差点付近、現所在地岡崎市康生通南2丁目[19][20]、後の岡崎殿橋)まで延長した[5][7][15][21][注釈 7][注釈 8][注釈 9][疑問点 ]。以後順次延伸し、1924年(大正13年)には路面電車として大樹寺 - 岡崎駅前間が全通した[4]。
1951年(昭和26年)には岡崎駅前 - 福岡町間を延伸[4][22][23]したが、モータリゼーションの流れに押され、1962年(昭和37年)に全線が廃止された[4][22][24]。新設軌道であった福岡町 - 岡崎駅前間の廃線跡は名鉄バスのバス専用道路に転用されたが、これも2016年3月末に廃止された[25]。
年表
[編集]- 1898年(明治31年)
- 1899年(明治32年)1月1日:岡崎町内殿橋南詰(所在地岡崎町明大寺下郷中、現・殿橋南詰交差点付近、現所在地岡崎市明大寺町下郷中[14])から岡崎停車場(距離:2哩0分3厘≒約3.3 km)の間で営業運転開始[2][7][15][注釈 2](開業区間を「明大寺(後の東岡崎駅前)- 岡崎停車場(後の岡崎駅前)間」[8][9]、殿橋南詰までの到達を「1899年(明治32年)12月」と記載[9][16]している文献も存在する)[注釈 3][注釈 4][注釈 5][注釈 6][疑問点 ]。軌間762mmの単線軌道[16]。
- この間に殿橋が改築される[9]。
- 1907年(明治40年)6月22日:殿橋南詰対岸の殿橋北詰(距離:0哩1分2厘=0M12C≒約0.2 km、岡崎停車場までの合計距離:2哩1分5厘=2M15C≒約3.5 km、所在地岡崎町大字康生[17][18]、現・殿橋北交差点付近、現所在地岡崎市康生通南2丁目[19][20]、後の岡崎殿橋)まで延長[5][7][15][21][注釈 7][注釈 8][注釈 9][疑問点 ]。
- 1911年(明治44年)10月2日:臨時株主総会で馬車鉄道の電化・改軌および会社名を岡崎電気軌道に改めることを決議する[45][46][47]。
- 1912年
- 1921年(大正10年)8月10日:軌道特許状下付(岡崎市康生町 - 同市井田町間)[50]
- 1922年(大正11年):岡崎殿橋 - 岡崎停車場間複線化[51]。
- 1923年(大正12年)9月8日:岡崎井田 - 岡崎殿橋間開業[4][7][51][52][53]。
- 1924年(大正13年)12月27日:鉄道線(郡部線)として岡崎井田 - 大樹寺 - 門立間が開通[4][54](後の岡崎線→挙母線。このうち市内線が乗り入れたのは大樹寺 - 岡崎井田間[37])。
- 1927年(昭和2年)7月19日:岡崎電気軌道が三河鉄道と合併し、同社の路線となる[7][21][55]。岡崎電気軌道は同日付で解散[56][注釈 12]。
- 1934年(昭和9年)7月30日:ガソリンカー併用認可[6]。挙母駅 - 岡崎駅前間の直通運転を目的にキ10形気動車を導入[60]。
- 1941年(昭和16年)6月1日:名古屋鉄道が三河鉄道を合併[7][61]。同社の岡崎市内線となる[44]。同時期にキ10形気動車は三河線非電化区間に転属し[60]、直通ガソリンカーの運転を休止。
- 1945年(昭和20年)7月20日:岡崎空襲により車庫と殿橋貨物駅が被災。木造単車6両と散水車1両が焼失、電動貨車1両が破損[44]。
- 1951年(昭和26年)
- 1954年(昭和29年)4月17日:岡崎殿橋 - 康生町間を複線化[63]。
- 1962年(昭和37年)
- 2016年(平成28年)3月31日:都市基盤整備事業のため、そのバス専用道路が廃止となる[25]。
-
馬車鉄道時代の岡崎駅前
-
運転最終日のモ50形62号
-
岡崎駅前 - 福岡町間のバス専用道路を走る名鉄バス
-
国鉄(現:JR東海)との交差地点(東若松-西若松間)
車両
[編集]出典:藤井建『名鉄岡崎市内線―岡崎市電ものがたり』、清水武、田中義人『名古屋鉄道車両史 上巻』。清水武、田中義人、澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』。
太字は廃線時に在籍した車両(貨車を除く。20両)。
岡崎電気軌道時代に入線
- 木造単車
- 100形(101・102)→モ530形(531・532):1923年-1962年
- 200形
- 201:1924年-1938年
- 202:1924年-1941年
- 散水車(1)→ミ1形(4):1922年-1947年
- 貨車
三河鉄道時代に入線
名古屋鉄道時代に入線
- モ90形(90-94):1945年-1954年
- モ40形(40-43):1954年-1960年
- モ50形(58):1954年-1962年
- モ50形(56・57):1957年-1962年
- モ20形(23):1960年-1962年
- モ50形(50-54・65・66):1957年-1962年
-
初期型木造単車(7号)
戦後は1号のみが原形を保ちモ45形47となる -
後期型木造単車(12号)
戦後は10号・11号が原形を保ちモ45形48・49となる -
100形木造ボギー車
(後のモ530形) -
200形木造ボギー車
-
キ10形気動車
-
デワ1形電動貨車
(後のデワ10形) -
モ90形木造単車
-
モ50形木造単車
(戦災復旧車)
駅・電停一覧
[編集]地図外部リンク | |
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名鉄岡崎市内線 | |
廃止鉄道ノート 地形図にカーソルをかざすと廃線跡を表示 | |
地図の不具合を報告 | |
- 廃止時点(『日本鉄道旅行地図帳 全駅・全線・全廃線 7号 東海』p.44に基づく)
- 全駅・電停とも愛知県岡崎市に所在。
- 挙母線と福岡線は鉄道。岡崎市内線は軌道。
- 凡例
- 線路 … ∥:複線区間 |:単線区間 ◇:単線区間の交換可能駅 ∧:これより上は単線 ∨:これより下は単線
路線名 | 停留場名 | 駅間キロ | 営業 キロ |
接続路線 | 線路 | |
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路線毎 | 総延長 | |||||
挙母線 | 大樹寺駅 | - | 0.0 | 0.0 | 名古屋鉄道:挙母線 | | |
岡崎井田駅 | 0.5 | 0.5 | 0.5 | ◇ | ||
岡崎市内線 | 0.0 | |||||
伊賀町電停 | 0.6 | 0.6 | 1.1 | | | ||
八幡社電停 | 0.3 | 0.9 | 1.4 | ◇ | ||
神明社電停 | 0.3 | 1.2 | 1.7 | | | ||
能見町電停 | 0.3 | 1.5 | 2.0 | ◇ | ||
本町電停 | 0.3 | 1.8 | 2.3 | | | ||
康生町電停 | 0.3 | 2.1 | 2.6 | ∧ | ||
岡崎殿橋電停 | 0.3 | 2.4 | 2.9 | ∥ | ||
東岡崎駅前電停 | 0.4 | 2.8 | 3.3 | 名古屋鉄道:名古屋本線(東岡崎駅) | ∥ | |
大学下電停 | 0.4 | 3.2 | 3.7 | ∥ | ||
芦池橋電停 | 0.3 | 3.5 | 4.0 | ∥ | ||
車庫前電停 | 0.6 | 4.1 | 4.6 | ∥ | ||
戸崎町電停 | 0.5 | 4.6 | 5.1 | ∥ | ||
戸崎口電停 | 0.3 | 4.9 | 5.4 | ∥ | ||
北羽根電停 | 0.6 | 5.5 | 6.0 | ∥ | ||
岡崎駅前電停 | 0.3 | 5.8 | 6.3 | 日本国有鉄道:東海道本線(岡崎駅) | ∨ | |
福岡線 | 0.0 | |||||
(鉄軌分界点) | 0.6 | 0.1 | 6.4 | | | ||
柱町駅 | 0.6 | 6.9 | | | |||
東若松駅 | 0.4 | 1.0 | 7.3 | | | ||
西若松駅 | 0.6 | 1.6 | 7.9 | | | ||
福岡町駅 | 0.9 | 2.5 | 8.8 | | |
接続路線
[編集]かつて岡崎市内線が敷設されていた道路
[編集]- 愛知県道39号岡崎足助線(一部) : 「井田」交差点北方 - 「康生通南」交差点
- 愛知県道483号岡崎幸田線(一部) : 「康生通南」交差点 - 「羽根」交差点
- 愛知県道478号岡崎停車場線(全線) : 「羽根」交差点 - 岡崎駅前
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ a b c 『帝国鉄道要鑑. 第3版』や『岡崎商工会議所五十年史』p.71、『RM LRBRARY 48 名鉄岡崎市内線 -岡崎市電ものがたり-』などの文献では、この日を開業日として記載している[1][2][3][4]。
- ^ a b c 『鉄道院年報 明治41 , 42 , 43年度 軌道之部』や『地方鉄道及軌道一覧:附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』、『鉄道ファンのための私鉄史研究資料』など文献では、この日を開業日として記載している[5][6][7][8][9]。
- ^ a b 『鉄道院年報』では、特許区間および距離が「区間:岡崎町明大寺下郷中、岡崎村大字羽根 距離:2哩0分3厘」、営業路線区間および距離が「区間:岡崎町、岡崎村大字羽根 距離:2哩0分3厘」と記載[5]
- ^ a b 開業区間については、前述の『鉄道院年報』の岡崎町明大寺[26][17]は現・岡崎市明大寺町[14]と同市明大寺本町1 - 2丁目[27]、岡崎村大字羽根[28]は、現・岡崎市羽根町[29]に当たる。また、前述の『鉄道院年報』や『鉄道ファンのための私鉄史研究資料』(開業区間は「岡崎停車場前 - 岡崎町」と記載)では、営業距離が2哩0分3厘≒3.26627 km(ただし、後者では「2M02C」(3.25018 km)との記載。両者1M≒1.609 kmで換算)[5][7]で、殿橋南詰の所在地は前述の地点[14]なので、開業時点では殿橋南詰(停留所名については後述)から岡崎停車場(後の岡崎駅前)間で営業を始めたと考えられる。なお、明大寺(東岡崎駅前)の所在地は現・名鉄名古屋本線東岡崎駅西側の明大寺本町交差点付近(岡崎市明大寺本町2丁目)[17][27][30]であり、ここから岡崎駅前までは3.0km[4]なので、「開業区間を明大寺 - 岡崎停車場間」と記載している文献[8][9]と前述の『鉄道院年報』とでは、開業区間および営業距離の矛��が生じている。
- ^ a b 鉄道省監督局 編『地方鉄道及軌道一覧:附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』では、1899年(明治32年)1月時点で康生町電停まで開業との記載[6]であるが、1915年(大正4年)9月19日付の尾三新聞の記事にて「終点たる殿橋」との記述がある[31]。また、同年発行の『岡崎』でも「岡崎駅と市街の南、殿橋との間二哩十六鎖」としている(2M16C≒約3.5 km、小数点第5位まで3.47544 km)[32]。なお、岡崎殿橋電停が置かれた殿橋北詰も康生町地内[17][18](現・岡崎市康生通南[19][20])である[33]。
- ^ a b 開業当時の岡崎町側の停留所名(後の東岡崎駅前)については、 とそれぞれ記載されている。なお、殿橋の電停名ついては後述。
- ^ a b 『鉄道院年報』では、特許区間および営業距離が「区間:岡崎町明大寺下郷中 - 岡崎町大字康生 距離:0哩1分2厘 計:2哩1分5厘」、営業��線区間および距離が「区間:岡崎町地内 距離:0哩1分2厘 計:2哩1分5厘 開業年月日:40.6.22」との記載[5]
- ^ a b 殿橋南詰対岸の殿橋北詰まで延長については、延長距離が0M12C≒0.19308 km、岡崎停車場まで合計距離が2M15C≒約3.45935 km[5]となり、殿橋北詰の所在地は前述の位置に存在していた[19](ただし、1927年(昭和2年)に殿橋が架け替えられる前は、乙川の上流側にあった木製の専用橋で渡り、電停も別の場所にあった[17][35])。この延長については、『新・鉄道廃線跡を歩く 3 北陸・信州・東海編』内「国鉄・私鉄の廃線停車場一覧」では「殿橋南 - 殿橋北間開業[21]」との記載で、その他『RM LRBRARY 48 名鉄岡崎市内線 -岡崎市電ものがたり-』は「殿橋の北側の駅」と記載[15]、『鉄道ファンのための私鉄史研究資料』は「距離:10C(2M12C)」(10C≒約0.16 km、2M12C≒約3.4 km)との記載[7]で、3者いずれも延長年月日は1907年(明治40年)6月22日であるが、『名古屋鉄道社史』、『鉄道ピクトリアル 1979年12月号』市川満著「姿を消した岡崎の名鉄線」、『名古屋鉄道百年史』は「1907年(明治40年)6月22日に康生町電停まで到達」[36][37][38]としている。また、『岡崎商工会議所五十年史』p.72では「明治40年5月殿橋南、殿橋間2分を延長」[39]との記載があり、『新編岡崎市史』や『鉄道ピクトリアル 1979年12月号』も5月延伸を支持している[9][16]。
- ^ a b 殿橋南・北詰の電停名については、馬車鉄道開業直後が「殿橋南」[16][9]、殿橋北詰まで延長時は「殿橋北」[21][9]との名称で記載(電化・改軌前は前者と後者が両方存在していたともあるが、詳細は不明)している文献があれば、馬車鉄道開業当時から北詰まで延長時も含め「岡崎」[4][40](殿橋北詰まで延長時は「岡崎 移 明40 1907.6.22」と記載[4])や「岡崎町」[7][21][41]と記載する文献もあり、また『日本鉄道旅行地図帳 全駅・全線・全廃線 7号 東海』では「岡崎」→「岡崎町」へ改称(この改称は、1915年以降と記載)[4]との記載もある。しかし、これらの名称はいずれも通称名と考えられる。正式名称については、後述の電化および改軌後に「殿橋」が正式名称となり[21][42]、「岡崎殿橋」に改称したのは、鐵道院出版『鐵道停車場一覽』から1917年(大正6元年)[43]以前と考えられるが、1919年以前に改称と記載している文献(ただし、駅名は「岡崎町→改 岡崎殿橋」と記載)[4]もあり、時期は不詳である。さらに、殿橋駅に再改称したとする文献もある[44]。
- ^ 岡崎市史では岡崎停車場 - 殿橋南間としている[48]。また、尾三新聞(1912年8月7日付)でも工事区間を「岡崎駅前より殿橋際まで」と報じている[49]。しかし、殿橋北詰までの電車延伸については市史に記載がない。
- ^ 終点の殿橋について、電化当初の回数乗車券には「岡崎」と印字されていた[48][44]。
- ^ 両社の合併契約書では主務官庁の認可が下りることを条件に4月16日を合併予定日としていた[57]。しかし実際に認可されたのは6月1日であり、合併実施日もその影響で7月19日にずれ込んだ[55]。しかし名鉄社史の年表では当初の合併予定日である4月16日を掲載しており[58]、同年以降複数の文献がこれを採用している[4][16][59]。
出典
[編集]- ^ 『帝国鉄道要鑑. 第3版』著者:木下立安 出版者:鉄道時報局(国立国会図書館デジタルコレクション)
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- ^ 藤井建『名鉄岡崎市内線 -岡崎市電ものがたり-』ネコ・パブリッシング〈RM LRBRARY 48〉、2003年7月1日、4頁。ISBN 978-4777050055。
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- ^ a b 『扶桑新聞』1898年12月29日
- ^ a b 新編岡崎市史編集委員会(編)『新編岡崎市史』 4 近代、新編岡崎市史編さん委員会、1991年、299頁。
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参考文献
[編集]- 各書籍
- 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳 全駅・全線・全廃線』 7号 東海、新潮社、2008年11月18日、44頁。ISBN 978-4107900258。
- 藤井建『名鉄岡崎市内線 -岡崎市電ものがたり-』ネコ・パブリッシング〈RM LRBRARY 48〉、2003年7月1日、各頁。ISBN 978-4777050055。
- 新編岡崎市史編集委員会(編)『新編岡崎市史』 4 近代、新編岡崎市史編さん委員会、1991年、各頁。
- 新編岡崎市史編集委員会(編)『新編岡崎市史』 10 史料 近代下、新編岡崎市史編さん委員会、1987年、各頁。
- 名古屋鉄道株式会社社史編纂委員会(編)『名古屋鉄道社史』名古屋鉄道、1961年、岡崎市内線関連各頁。
- 和久田康雄著『鉄道ファンのための私鉄史研究資料』電気車研究会 2014年4月25日
- 「5505 名古屋電気鉄道(1921.7.1譲渡)名古屋鉄道(1930.9.5改称)名岐鉄道(1935.8.1譲渡)名古屋鉄道」、101頁
- 「5552 岡崎馬車鉄道(1911.10.2改称)岡崎電気軌道(1927.7.19合併)三河鉄道」、105 , 106頁
- 「5560 名古屋鉄道(1930.9.5改称)名岐鉄道(1935.8.1譲渡)名古屋鉄道」、107頁
- 市川満「姿を消した岡崎の名鉄線」『鉄道ピクトリアル 1979年12月号』第370巻、電気車研究会、1979年12月、138,142。
- 石野哲(編)「国鉄・私鉄の廃線停車場一覧」、今尾恵介(編)『新・鉄道廃線跡を歩く』 3 北陸・信州・東海編、JTBパブリッシング、p.219 ISBN 978-4533078606
- 清水武、田中義人 『名古屋鉄道 1世紀の記録』 アルファベータブックス、2016年、101頁
- 『神谷傳兵衛』(中日新聞社、2018年)新實守『三河鉄道(現・名鉄三河線)の救世主』、250 - 260頁
- 和久田康雄『日本の市内電車 1895-1945』成山堂書店、2009年、106頁。ISBN 978-4425961511。
- 清水武、田中義人『名古屋鉄道車両史 上巻』アルファベータブックス、2019年、109頁。ISBN 978-4865988475。
- 清水武、田中義人、澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォト・パブリッシング、2021年、183 , 185 , 268頁。ISBN 978-4802132701。
- 国立国会図書館デジタルコレクション
- 『鉄道院年報』明治41 , 42 , 43年度 軌道之部 出版者:鉄道院
- 『帝国鉄道要鑑. 第3版』著者:木下立安 出版者:鉄道時報局
- 『官報』1911年(明治44年)10月14日 出版者:大蔵省印刷局(編)
- 『鐵道停車場一覽』大正6年3月31日現在 出版者:鐵道院 1917年
- 「軌道特許状下付」『官報』1921年(大正10年)8月12日 出版者:大蔵省印刷局(編)
- 『鉄道省鉄道統計資料. 大正12年度』著者:鉄道省 編 出版者:鉄道院 大正15年
- 『鉄道停車場一覧 : 附・関係法規,線路図運賃早見表 昭和2年版』著者:鉄道省 編纂 出版者:鉄道教育会 昭和2年
- 『官報』1927年(昭和2年)9月9日 出版者:大蔵省印刷局(編)
- 『鉄道統計資料. 昭和2年』著者:鉄道省 編 出版者:鉄道省 昭和4年
- 『地方鉄道及軌道一覧:附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』著者:鉄道省監督局 編 出版者:鉄道同志会 昭和10年
- 『岡崎商工会議所五十年史』出版者:岡崎商工会議所 昭和17年 pp.71 , 72