茨城県道52号石岡城里線
主要地方道 | |
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茨城県道52号 石岡城里線 主要地方道 石岡常北線 | |
総延長 | 40.388 km |
実延長 | 38.933 km |
制定年 | 1982年11月1日 |
起点 | 石岡市【北緯36度11分36.4秒 東経140度16分27.0秒 / 北緯36.193444度 東経140.274167度】 |
主な 経由都市 |
小美玉市・笠間市・水戸市 |
終点 | 東茨城郡城里町【北緯36度28分57.2秒 東経140度22分15.2秒 / 北緯36.482556度 東経140.370889度】 |
接続する 主な道路 (記法) |
国道355号 国道50号 |
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茨城県道52号石岡城里線(いばらきけんどう52ごう いしおかしろさとせん)は、茨城県石岡市から東茨城郡城里町に至る県道(主要地方道)である。
概要
[編集]石岡市府中(国道355号現道)を起点に茨城県の中部地域を南北に縦断し、水戸市内原地区を経由して城里町石塚を終点とする路線。通称、石塚街道とよばれている。
水戸市鯉渕町では右左折する複雑なルートを経て、水戸市内原でイオンモール水戸内原の脇を通り、内原跨線橋でJR常磐線を越えて水戸市中原町の内原跨線橋北交差点で国道50号と交差接続する。
路線データ
[編集]- 起点:石岡市府中3丁目969番1地先(国道355号交点=「国分町府中3丁目」交差点)[1]
- 終点:東茨城郡城里町石塚字山王1195番4(茨城県道61号日立笠間線・茨城県道246号錫高野石塚線交点)[2]
- 重要な経過地:小美玉市、水戸市[3]
- 総延長:40.388 km[4]
- 重用延長:1.455 km[4]
- 未供用延長:なし[4]
- 実延長:38.933 km[4]
- 自動車交通不能区間延長[注釈 1]:なし[4]
歴史
[編集]石岡市内(起点 - 石岡市行里川)の区間は以前は国道6号で、さらに遡れば江戸時代の水戸街道であった。沿道の石岡二丁目地内に当時の一里塚が今も現存している。
1959年(昭和34年)10月14日、前身にあたる県道として東茨城郡常北町大字石塚を起点とし、東茨城郡茨城町、内原村(現、水戸市内原)を経由して石岡市を終点とする区間を県道石塚石岡線として茨城県より路線認定された。 1982年(昭和57年)11月、県道石岡石塚線の路線認定の一部を変更する告示がなされ、起点・終点を入れ替えて起点を石岡市、終点を常北町とする県道石岡常北線として再認定されて、1995年(平成7年)の整理番号の再編成により、現在の整理番号52となる。 2005年(平成17年)には、「平成の大合併」により常北町が城里町と改称されていたことから、路線名が石岡常北線から石岡城里線となり現在に至る。
経路の方は、1990年(平成2年)3月まで、常北町の石塚市街地内を通る国道123号交点を終点としていたが、現在は県道61号日立笠間線交点が終点である。水戸市(旧内原町)では、かつての旧道が鯉渕中央交差点(鯉渕十字路)からJR内原駅前の常磐線踏切を渡り、内原駅入口交差点(杉崎十字路)で国道50号旧道と接続するルートを通っていた。これが、内原駅前のイオンモール水戸内原がある土地区画整理を機に、2000年(平成12年)に内原跨線橋を含む新道が開通している。
年表
[編集]- 1959年(昭和34年)10月14日:現在の路線の前身である県道石塚石岡線が路線認定される[5]。
- 1982年(昭和57年)11月1日
- 1983年(昭和58年)1月31日:東茨城郡美野里町大字納場 - 大字張星の区間 (1.667 km) を2車線化拡幅改良工事する道路区域に指定[6]。
- 1985年(昭和60年)1月17日:石岡市行里川に道路改良バイパス道路 (754 m) を新設する道路区域を指定[7]。
- 1986年(昭和61年)2月20日:東茨城郡常北町大字石塚地内( - 現・終点)にバイパス (835 m) を新設する道路区域が決定し、その一部分を供用開始[8]。
- 1989年(平成元年)9月14日:美野里町大字納場 - 大字張星の現道 (1.64 km) を道路拡幅2車線化[9]。
- 1990年(平成2年)3月15日:常北町大字石塚( - 旧終点・国道123号)の旧道 (575 m) が指定解除され町道へ降格し、終点位置が現在地に移る[2]。
- 1993年(平成5年)
- 1995年(平成7年)3月30日:整理番号62から現在の番号(整理番号52)に変更される[12]。
- 1997年(平成9年)4月3日:石岡市行里川地内の旧道 (704 m) が県道指定解除され市道に降格する[13]。
- 1998年(平成10年)1月16日:西茨城郡友部町大字長兎路 - 同町大字柏井のバイパス一部区間 (1.592 km) を新設する道路区域が決定する[14]。
- 1999年(平成11年)3月29日:東茨城郡内原町鯉渕(鯉渕東交差点) - 中原(中原交差点)のバイパスを新設する道路区域 (3.531 km) が決定する[15]。
- 2000年(平成12年)2月24日:内原町大字内原(内原中学校付近) - 大字中原(国道50号)の内原跨線橋の道路が開通[16]。
- 2004年(平成16年)
- 2005年(平成17年)4月1日:石岡常北線から現路線名に名称変更[19]。
- 2006年(平成18年)12月25日:東茨城郡城里町大字上入野地内(茨城県道51号水戸茂木線交点付近)の旧道 (770 m) が県道指定を解かれて町道降格となる[20]。
- 2008年(平成20年)3月21日:水戸市大字鯉淵町からJR内原駅前を通り���同市大字中原町(中原交差点)の旧道(延長5.468 km)が県道指定を解かれて市道降格となる[21]。
- 2014年(平成26年)12月25日:水戸市有賀町 - 同市牛伏町にバイパス道路 (940 m) を建設する区域を指定[22]。
- 2021年(令和3年)3月25日:笠間市長兎路 - 同市柏井の茨城中央工業団地(笠間地区)内の新道(805 m)を供用開始[23]。
- 2022年(令和4年)3月22日:笠間市安居(岩間工業団地) - 笠間市柏井(茨城中央工業団地笠間地区)にバイパス(4.145 km)を延伸するための道路区域を指定[24]。
- 2024年(令和6年)9月3日:水戸市牛伏町のバイパス (0.7 km) が開通する[25]。
路線状況
[編集]石岡市から小美玉市までは国道6号と並走するように延びていて、比較的交通量が多い。ほとんどの区間が対向2車線であるが、笠間市の俎倉交差点を少し超えた辺り - 笠間市の仁古田交差点間と、水戸市鯉渕町および、水戸市牛伏町 - 水戸市木葉下町間は線形の悪い狭隘区間で本路線のボトルネックになっており、交通量も比較的多いので走行には十分注意がいる。 石岡市府中の市街地内は、都市計画道路 若松行里川線として街路整備事業が進められている[26]。
道路法の規定に基づき、水戸市鯉淵町(主要地方道内原塩崎線交差) - 同市中原町(内原跨線橋北交差点)間は、緊急輸送道路として機能を維持するため、災害発生時の被害拡大防止を目的に道路用地内に電柱を建てることが制限されている[27]。
通称
[編集]- 石塚街道
重複区間
[編集]- 茨城県道43号茨城岩間線(笠間市安居 地内)
- 茨城県道40号内原塩崎線(水戸市鯉淵町 地内)
- 茨城県道113号真端水戸線(水戸市谷津町 地内)
道路施設
[編集]- 泉橋(JR常磐線、石岡市府中 - 泉町・石岡)
- 杉並歩道橋(石岡市杉並・石岡)
- 行里川歩道橋(行里川交差点、石岡市杉並 - 行里川)
- 行里川橋(園部川、石岡市行里川 - 小美玉市大谷)
- 小山橋(巴川、小美玉市納場 - 寺崎)
- 仁古田橋(涸沼川、笠間市安居 - 仁古田)
- 柏井橋(枝折川、笠間市仁古田 - 柏井)
- 新川橋(涸沼前川、水戸市鯉渕町)
- 湿気橋(常磐自動車道、水戸市鯉渕町)
- 内原跨線橋(JR常磐線、水戸市中原町)
- 小松橋(藤井川、東茨城郡城里町大字上入野)
- 北米橋(西田川、東茨城郡城里町大字下青山)
地理
[編集]通過する自治体
[編集]交差する道路
[編集]- 国道355号(起点)
- 茨城県道7号石岡筑西線(石岡市杉並)
- 茨城県道145号上吉影岩間線(小美玉市張星)
- 茨城県道279号羽鳥停車場江戸線(小美玉市江戸)
- 茨城県道145号上吉影岩間線(小美玉市納場)
- 茨城県道43号茨城岩間線(笠間市安居)
- 茨城県道43号茨城岩間線(笠間市安居)
- 茨城県道43号茨城岩間線(笠間市安居)
- 茨城県道16号大洗友部線(笠間市仁古田)
- 茨城県道40号内原塩崎線(水戸市鯉淵町)
- 茨城県道40号内原塩崎線(水戸市鯉淵町)
- 茨城県道30号水戸岩間線(水戸市鯉淵町)
- 国道50号(水戸市中原町)
- 茨城県道113号真端水戸線(水戸市谷津町)
- 茨城県道113号真端水戸線(水戸市谷津町)
- 茨城県道51号水戸茂木線(東茨城郡城里町上入野)
- 茨城県道61号日立笠間線・茨城県道246号錫高野石塚線(終点)
沿線にある施設など
[編集]- 関東鉄道石岡営業所(石岡市)
- イオンモール水戸内原(水戸市)
- 藤井川ダム(東茨城郡城里町)
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 幅員、曲線半径、こう配その他道路の状況により最大積載4トンの普通貨物自動車が通行できない区間。
出典
[編集]- ^ a b 「道路の区域決定(昭和57年11月1日 茨城県告示第1481号) (PDF)」『茨城県報』号外第225号、茨城県、5頁、1982年11月1日。
- ^ a b 「道路の区域の変更(平成2年3月15日 茨城県告示第318号) (PDF)」『茨城県報』号外第36号、茨城県、3頁、1990年3月15日。
- ^ a b 「県道路線の認定の変更(昭和57年11月1日 茨城県告示第1479号) (PDF)」『茨城県報』号外第225号、茨城県、5頁、1982年11月1日。
- ^ a b c d e 『茨城県道路現況調書』令和2年3月31日現在、p. 6
- ^ 県道路線認定(昭和三十四年十月十四日 茨城県告示第九百一号) (PDF) ,茨城県報 号外(1959年(昭和34年)10月14日)より
- ^ 「道路区域の変更(昭和58年1月31日 茨城県告示143号) (PDF)」『茨城県報』第7112号、茨城県、9頁、1983年1月31日。
- ^ 「道路の区域変更(昭和60年1月17日 茨城県告示54号) (PDF)」『茨城県報』第7315号、茨城県、4–5頁、1985年1月17日。
- ^ 「道路の区域決定・道路の供用開始(昭和61年2月20日 茨城県告示284号・286号) (PDF)」『茨城県報』号外第22号、茨城県、3–5頁、1986年2月20日。
- ^ 「道路の区域変更(平成元年9月14日 茨城県告示第1063号)・道路の供用開始(同日 茨城県告示第1064号) (PDF)」『茨城県報』第72号、茨城県、5–8頁、1989年1月12日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成5年3月8日 茨城県告示第257号) (PDF)」『茨城県報』第428号、茨城県、8頁、1993年3月8日。
- ^ s:道路法第五十六条の規定に基づく主要な都道府県道及び市道 - 平成五年五月十一日建設省告示第千二百七十号、建設省
- ^ 「県道の路線名および整理番号の変更(平成7年3月30日 茨城県告示第436号) (PDF)」『茨城県報』第637号、茨城県、8–12頁、1995年3月30日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成9年4月3日 茨城県告示第415号) (PDF)」『茨城県報』第843号、茨城県、7頁、1997年4月3日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成10年1月16日 茨城県告示第39号) (PDF)」『茨城県報』第923号、茨城県、9頁、1998年1月16日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成11年3月29日 茨城県告示第344号) (PDF)」『茨城県報』第1046号、茨城県、8頁、1999年3月29日。
- ^ 「道路の供用の開始(平成12年2月21日 茨城県告示第190号) (PDF)」『茨城県報』第1136号、茨城県、10頁、2000年1月21日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成16年1月8日 茨城県告示第26号) (PDF)」『茨城県報』第1532号、茨城県、25頁、2004年1月8日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成16年3月22日 茨城県告示第403号) (PDF)」『茨城県報』第1553号、茨城県、20頁、2004年3月22日。
- ^ 「県道路線の変更(平成17年3月28日 茨城県告示第398号) (PDF)」『茨城県報』第1657号、茨城県、12–13頁、2005年3月28日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成18年12月25日 茨城県告示第1440号) (PDF)」『茨城県報』第1836号、茨城県、8頁、2006年12月25日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成20年3月17日 茨城県告示第393号) (PDF)」『茨城県報』第1961号、茨城県、54–55頁、2008年3月21日。
- ^ 「道路の区域の変更(平成26年12月25日 茨城県告示第1307号) (PDF)」『茨城県報』第2653号、茨城県、18頁、2014年12月25日。
- ^ 「道路の供用の開始(令和3年3月18日 茨城県告示第279号) (PDF)」『茨城県報』第189号、茨城県、17頁、2021年3月18日。
- ^ 「道路の区域の変更(令和4年3月22日 茨城県告示第308号)」『茨城県報』第290号、茨城県、8 - 9頁、2022年3月22日 。
- ^ 『県道石岡城里線バイパスの開通について』(PDF)(プレスリリース)茨城県土木部道路建設課、2024年8月9日 。2024年9月5日閲覧。
- ^ “都市計画道路 若松行里川線”. 主な事業箇所. 茨城県土木部 土浦土木事務所. 2014年6月21日閲覧。
- ^ 「道路の占用を制限する区域の指定(平成30年3月19日 茨城県告示第299号) (PDF)」『茨城県報』第2980号、18–28頁、2018年3月19日。
参考文献
[編集]- 茨城県土木部『茨城県道路現況調書 令和2年3月1日現在』(レポート)茨城県 。