ヌーオロ
ヌーオロ Nuoro | |
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Ortobene山からの市街眺望 | |
行政 | |
国 | イタリア |
州 | サルデーニャ |
県/大都市 | ヌーオロ |
CAP(郵便番号) | 08100 |
市外局番 | 0784 |
ISTATコード | 091051 |
識別コード | F979 |
分離集落 | Lollove, Pratosardo |
隣接コムーネ | #隣接コムーネ参照 |
地震分類 | zona 4 (sismicità molto bassa) |
気候分類 | zona D, 1602 GG |
公式サイト | リンク |
人口 | |
人口 | 36,154 [1] 人 (2019-01-01) |
人口密度 | 188 人/km2 |
文化 | |
住民の呼称 | nuoresi |
守護聖人 | 雪の聖母 (santa Maria della Neve) |
祝祭日 | 8月5日 |
地理 | |
座標 | 北緯40度19分12.22秒 東経09度19分41.08秒 / 北緯40.3200611度 東経9.3280778度座標: 北緯40度19分12.22秒 東経09度19分41.08秒 / 北緯40.3200611度 東経9.3280778度 |
標高 | 549 (95 - 955) [2] m |
面積 | 192.27 [3] km2 |
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ポータル イタリア |
ヌーオロ(イタリア語: Nuoro ( 音声ファイル))は、イタリア共和国サルデーニャ州東部にある都市であり、その周辺地域を含む人口約3万6000人の基礎自治体(コムーネ)。ヌーオロ県の県都である。
名称
[編集]日本語文献では「ヌオロ」とも表記される。
サルデーニャ語ではヌーゴロ(Nùgoro)。
地理
[編集]位置・広がり
[編集]サルデーニャ島内陸部東部、ヌーオロ県の中部に位置する。ヌーオロの市街はOrtobene山の斜面に位置する。
隣接コムーネ
[編集]ヌーオロは以下のコムーネと隣接している。括弧内のSSはサッサリ県所属を示す。
歴史
[編集]ヌーオロ市を中心とするヌーオロ地域における人類の定住は紀元前3千年紀にさかのぼり、Domus de Janasと呼ばれる墳墓の跡が残されている。
30以上のヌラーゲ遺跡があることから、ヌーオロ地域はヌラーゲ文化(サルデーニャに紀元前1500年頃から紀元前250年頃まで栄えた文化)の中心地であったと考えられている。たとえば、ヌーオロ郊外のタンカ・マンナ(Tanca Manna)には、800戸ほどからなる集落遺跡が見つかっている。
ヌーオロ地域には、カラリス(カリャリ)とウルビア(オルビア)を結ぶローマ街道が通過していた。ローマ人による支配の痕跡は、サルデーニャ語の中にさまざまに残されており、今日もヌーオロで話されている。サルデーニャ語ヌーオロ方言 (Logudorese dialect) は、ロマンス諸語の中でも最も保守的な言語と見なされている。
西ローマ帝国の崩壊後、サルデーニャははじめヴァンダル人の、次いで東ローマ帝国の支配下に入った。ローマ教皇グレゴリウス1世(在位: 590年 - 604年)の書簡によれば、サルデーニャ島の内陸部では、ローマ化・キリスト教化された文化と異教徒の文化が共存していたという。東ローマ帝国の支配力が弱体化すると、サルデーニャ島ではジュディカーティたちが登場した。
1147年に描かれた地図に、Nugor という小さな村がはじめて登場する。つづく2世紀のうちに、Nugor は1000人以上の人口を持つ村へと成長する。サルデーニャ島をアラゴン王国・スペイン王国が支配した時代も、ヌーオロは主要な町であり続けたが、17世紀末に飢饉と疫病による被害を受けた。
1720年にサルデーニャ島をサヴォイア家が購入してサルデーニャ王国を形成すると、ヌーオロはこの地域の行政的な中心地となった。1836年に、ヌーオロは都市の格を得た。
社会
[編集]人口推移
[編集]人口推移 | ||
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年 | 人口 | ±% |
1861 | 4,827 | — |
1871 | 5,472 | +13.4% |
1881 | 6,099 | +11.5% |
1901 | 7,051 | +15.6% |
1911 | 7,248 | +2.8% |
1921 | 8,534 | +17.7% |
1931 | 9,188 | +7.7% |
1936 | 11,459 | +24.7% |
1951 | 16,949 | +47.9% |
1961 | 23,033 | +35.9% |
1971 | 31,033 | +34.7% |
1981 | 35,779 | +15.3% |
1991 | 37,527 | +4.9% |
2001 | 36,678 | −2.3% |
2011 | 36,674 | −0.0% |
文化・観光
[編集]- ヌーオロ国立考古学博物館 (it:Museo nazionale archeologico di Nuoro)
- デレッダ博物館 (it:Museo deleddiano)
- サルデーニャ民俗博物館 (it:Museo della vita e delle tradizioni popolari sarde)
- ヌーオロ県立美術館 (it:Museo d'arte della provincia di Nuoro)
姉妹都市
[編集]交通
[編集]鉄道
[編集]- サルデーニャ鉄道(FdS)
- マコメール=ヌーオロ線 (it:Ferrovia Macomer-Nuoro)
- 〔マコメール〕 - ヌーオロ
道路
[編集]- 国道
- SS131ヌーオロ中央支線 (it:Strada statale 131 Diramazione Centrale Nuorese)
人物
[編集]著名な出身者
[編集]ヌーオロは、1926年にノーベル文学賞を受賞した小説家グラツィア・デレッダをはじめとする多くの文化人を輩出している。デレッダは、イタリア人女性としては初の(そして2012年までで唯一の)ノーベル文学賞受賞者である。
- グラツィア・デレッダ - 詩人・小説家、ノーベル文学賞受賞者。
- フラビオ・マンツォーニ - 自動車デザイナー
- サルヴァトーレ・シリグ - サッカー選手
脚注
[編集]- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Total Resident Population on 1st January 2019 by sex and marital status” (英語). 2020年4月14日閲覧。
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Popolazione residente - Nuoro (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年9月2日閲覧。
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Nuoro (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年9月2日閲覧。