1947年の相撲
表示
1947年 こちらもご覧下さい |
---|
各年のスポーツ |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
競輪 |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
サッカー |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
自転車競技 |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
相撲 |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
日本競馬 |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
バスケットボール |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
バレーボール |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
野球 |
1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 |
■ヘルプ |
1947年の相撲(1947ねんのすもう)は、1947年の相撲関係のできごとについて述べる。
アマチュア相撲
[編集]- 京都大学相撲部創部。
大相撲
[編集]できごと
[編集]- 1月、金沢で璽光尊が検挙され、年寄時津風(元横綱・双葉山)が警察に保護される。
- 3月、大阪準本場所、晴天11日間。横綱照國全勝優勝。
- 6月、夏場所、明治神宮外苑で晴天10日間。栃錦が新入幕。この場所から同成績の時は優勝決定戦を各段とも行うことになる。
- 10月、戦災死豊島の追善大相撲。協会役員改選で時津風が理事に当選。
- 11月、秋場所、明治神宮外苑で晴天11日間。この場所から東西対抗制をやめて系統別総当たり制となる。この場所から三賞制度が発足。
本場所
[編集]- 六月場所(明治神宮外苑、1~13日)
- 十一月場所(明治神宮外苑、3~14日)
- 幕内最高優勝 : 羽黒山政司(10勝1敗,6回目)
- 殊勲賞-出羽錦、敢闘賞-輝昇、技能賞-増位山
- 十両優勝 : 國登國生(10勝1敗)
誕生
[編集]- 2月11日 - ���櫻光輝(最高位:十両4枚目、所属:春日野部屋)
- 2月25日 - 春日竜功隠(最高位:十両6枚目、所属:春日野部屋)
- 4月25日 - 旭國斗雄(最高位:大関、所属:立浪部屋、+ 2024年【令和6年】)[1][2]
- 9月29日 - 三鷹山昌吾(最高位:十両17枚目、所属:時津風部屋)
- 10月2日 - 栃勇義治(最高位:前頭7枚目、所属:春日野部屋)[1]
- 10月22日 - 豊山広光(最高位:小結、所属:時津風部屋、+ 2020年【令和2年】)[3]
- 12月5日 - 照櫻弘行(最高位:前頭7枚目、所属:伊勢ヶ濱部屋)[4]
死去
[編集]- 2月19日 - 竜ヶ嵜枩太郎(最高位:小結、所属:阿武松部屋→出羽ノ海部屋、* 1884年【明治17年】)[5]
- 3月4日 - 尼ヶ嵜清吉(最高位:小結、所属:高砂部屋、年寄:間垣、* 1871年【明治4年】)[6]
- 5月5日 - 逆鉾盛吉(最高位:前頭筆頭、所属:井筒部屋、* 1894年【明治27年】)[7]
- 5月5日 - 鹿嶌洋起市(最高位:前頭筆頭(現役没)、所属:春日野部屋、* 1914年【大正3年】)[8]
- 12月3日 - 朝緑冨五郎(最高位:前頭13枚目、所属:立田川部屋→出羽ノ海部屋、* 1889年【明治22年】)[9]
出典
[編集]- ^ a b 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 176頁
- ^ 「「ピラニア」元大関旭国が77歳で死去 モンゴル人力士スカウトのパイオニアで横綱旭富士も育てた」『日刊スポーツ』2024年10月22日。2024年10月22日閲覧。
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 182頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 180頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 21頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 7頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 38頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 92頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 37頁
参考文献
[編集]- 『大相撲戦後70年史』(ベースボールマガジン社、2015年)p39