NATROMのブログ

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無意味なサイコロがん検査の精度を高いと見せかける方法

一滴の血液や尿で多くの種類のがんの検査ができると称する「がんリスク検査」が数千円から数万円程度で提供されています。無症状の人を対象とした検診において、がん死亡率を下げるといった有効性があるかどうかや、検診を受ける集団における感度や特異度がどれぐらいかは、明確になっていません。一部の検査については本格的な研究が国内外で進められていますが、まともな研究者は有償で検査を提供したりはしません。

架空の「サイコロ検査」

まったく仮定の話で、現実に行うつもりは一切ありませんが、私もそうした検査を提供するビジネスマンを演じてみましょう。私が提供する検査は、なんと血液も尿も必要ありません。代わりにサイコロを使います。合併症の可能性はゼロ。素敵ですね。1回1000円で値段も良心的です。陽性があまりに多いと不自然なので、20面体のサイコロを使い、ランダムに5%を陽性、95%が陰性という結果を返すことにしましょう。がんの患者さんを正しく陽性と判定する割合を感度、がんではない人を正しく陰性と判定する割合を特異度と呼びますが、この「サイコロ検査」の感度は5%、特異度は95%です。何の情報ももたらさない無意味な検査です。

20面体サイコロ

ところがですね、陽性と判定された5%の中に、たまたま、精密検査で早期がんが発見される人も一定割合でいるのです。そうい��人は「サイコロ検査のおかげで命が助かった」と信じてくれます。そうした体験談を集めて、魅力的なウェブサイトで紹介すれば、サイコロ検査が有用だと勘違いしてくれる人も出てくるでしょう。本当はがんなのに陰性という結果を返す偽陰性もあるので、「あくまでもリスク検査であり、精度は100%ではありません。定期検診や通常のがん検診を並行して受けましょう」と言っておくことを忘れずに。

サイコロ検査を受ける人が多くなってくると、「サイコロ検査の陽性者を精密検査しても、それほどがんは見つからない。精度に問題があるのでは?」と、他の医療者から疑われるでしょう。なんなら、サイコロ検査陽性者を対象にどれぐらいがんが見つかるか、研究されるかもしれません。でも大丈夫。言い訳の方法は考えています。

ランダムなサイコロ検査でも、不適切な比較によって既存検査よりも精度が高いと言い張れる

部位は特定できないが全身のどこかにがんがあるかもしれないというときに、まず考慮される検査はPET検査でしょう。放射性物質を負荷したブドウ糖を注射し、細胞に取り込まれたブドウ糖の分布を画像にする検査です。過去の研究では、無症状の人がPET検査に加え、上部消化管内視鏡や腹部超音波や骨盤MRIなど一連の総合検診および追跡調査を受けたところ、受験者2911名中、157個のがんが見つかり、PETで発見されたがんはそのうち28個でした*1

PETによるがんの発見率は28 ÷ 2911 = 0.96%です。サイコロ検査陽性者の集団を対象にPET検査を行っても、それぐらいの数字が出ます。検査陽性者のうち本当にがんである人の割合を、陽性的中率(陽性反応的中割合)と言います。「サイコロ検査で陽性と判定されたことで、担癌状態を疑ってPETがん検診を受診した場合のPET検診における陽性的中率は1%弱である。サイコロ検査陽性判定は直接的な担癌状態を意味するものとは言い難い」などと批判されるかもしれません。

批判に対する言い訳のポイントは「PET検診ではがんの見落としが発生するため、サイコロ検査の『真の陽性的中率』はもっと高い」「従来のがん検診と比べてサイコロ検査の陽性的中率は高い」の二つです。先のPET検査の研究では、PET検査の感度は28 ÷ 157 = 17.8%でした。実際、前立腺がんや肝細胞がんはPET検査で陰性になりやすいことが知られています。本当はがんなのにPET検査で見落とした分を補正すると、「真の陽性的中率」は0.96% ÷ 17.8% = 5.4%になると反論しましょう。

「真の陽性的中率」を持ち出して誤解させる仕組み

これは受験者におけるがん患者の割合(有病割合)、157 ÷ 2911 = 5.4%と同じ数値です。サイコロ検査は無意味な検査ですので、陽性的中率と対象集団の有病割合が同じになるのは当然です。有病割合5.4%は高いように思われるかもしれませんが、かなり先にならないと症状が出なかったり、あるいは一生涯症状が出なかったりするがん(過剰診断)まで徹底的に調べればそれぐらいの数字はあり得ます。そう考えれば「真の陽性的中率」が5.4%であるのはぜんぜん大したことはないのですが、従来のがん検診の陽性的中率と比較してみせることで、サイコロ検査の精度が高いと誤解させることができます。

たとえば、厚生労働省が推奨している大腸がん検診の陽性的中率は3.05%です*2。サイコロ検査の「真の陽性的中率」は5.4%ですので、自信を持って「第三者機関による発表結果は、サイコロ検査の陽性的中率が既存検査よりも高く、世の中で使っても高精度であるというものでした」とプレスリリースを打ちましょう。

いったいなぜ、ランダムなサイコロ検査のほうが、現実の大腸がん検診よりも高い陽性的中率だったのでしょうか?疫学に詳しい方なら、陽性的中率は、感度や特異度だけではなく、有病割合にも影響を受けることをご存じでしょう。対象集団の有病割合が大きいと陽性的中率は高く、逆に有病割合が小さい集団では陽性的中率は低くなります。大腸がんの有病割合は、全がんの有病割合よりもずっと低いので、大腸がん検診の陽性的中率は低く出ます。異なる有病割合の集団間で陽性的中率を比べても検査精度の良し悪しはわかりません。2つの検査の精度を比較したいときには、同じ集団、同じ疾病を対象にした研究を行う必要があるのですが、お金を儲けることが目的ならわざわざそんな研究はしません。不適切な比較を行ってサイコロ検査の精度がよいように見せかけるだけで十分です。

現実のがんリスク検査も実用性は証明されていない

現実のがんリスク検査は、サイコロ検査のように完全にランダムというわけではありません。よって、「真の陽性的中率」は、サイコロ検査の5.4%よりいい数字が出てもおかしくはありません。しかし、実社会で役立つためには、「サイコロよりマシ」ではまったく不十分で、一定程度の精度は必要です。例えば仮に、感度20%、特異度95%の検査があったとしましょう。感度20%だと、がん患者の8割を見落とします。低い感度をカバーするために検査を繰り返すと、コストはかさむし偽陽性も増えます。がんリスク検査は、1回数千円とコストが高く、偽陽性だと全身の精密検査が必要になります*3。感度20%の全身のがんリスク検査は、実用性はまったくないポンコツな検査と言えます。

有病割合5.4%の集団にポンコツ検査を行うと、「真の陽性的中率」は18.6%、PET検査の研究でも陽性的中率は3.3%ぐらいになります*4。がんの8割を見落とした上で、陽性でも8割以上が偽陽性の検査を受けたいですか?

既存のがん検診も、陽性的中率は数%程度と高くはありません。しかし、がんリスク検査のように陽性だったときに全身の精密検査は必要ありませんし、何よりも、推奨されているがん検診は検診によってがん死亡率が減少するというエビデンスがあります。一方で、がんリスク検査にはそのようなエビデンスはありません。検査が有用であるかのように誤解させるテクニックに騙されると、お金だけならまだしも、偽陽性のために多くの検査を受ける羽目になりかねません。あなたの健康と命を守る選択を、広告に惑わされず、賢明に行ってください。

*1:Evaluation of whole-body cancer screening using 18F-2-deoxy-2-fluoro-D-glucose positron emission tomography: a preliminary report URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18600415/

*2:2020年、全国、男女計、全年齢、https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/screening/dl_screening.html#03

*3:コストが安い便潜血検査は繰り替えすことができるし、PET検診の偽陽性の弊害はがんリスク検査と比べれば相対的には小さい。PET検診ががん死亡率を減らすというエビデンスは乏しく私は推奨しないが、それはそれとして

*4:有病割合5.4%の10万人の集団が感度20%、特異度95%の検査を受けたとする。疾患ありは5400人、うち検査陽性は1080人、検査陰性は4320人。疾患なしは9万4600人、うち検査陽性は4730人、検査陰性は8万9870人。検査陽性者は1080+4730=5810人。陽性的中率は1080÷5810=18.6%。感度17.8%のPET検査をGold standardとすると、「見かけの陽性的中率」は18.6%×17.8%=3.3%ぐらい。PET検査の偽陽性の分は誤差として無視する