錆
錆(さび、銹、鏽)とは、金属の表面の不安定な金属原子が環境中の酸素や水分などと酸化還元反応(いわゆる「腐食」)を起こして生成される腐食物(酸化物や水酸化物や炭酸塩など)[1]。英語では "rust(日本語音写形:ラスト)"。日本語の第2義その他については「#転義」以下を参照のこと。
鉄の赤錆・黒錆[1]、銅の緑青[1]、錫(すず)[2]、アルミニウムの白錆など。
語
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英語 "rust(日本語音写例:ラスト)" の語源は "red" と同根で、インド・ヨーロッパ祖語の語根 "h₁rewdʰ-(意:赤い)" から来ていると考えられている[3]。当初は鉄の赤錆を指していたことがうかがわれるが、現代英語では鉄以外の錆を指す場合にも用いられる[4]。
科学的定義
[編集]一般には「金は錆びない」、「銅の錆」とか「錆びにくいアルミニウム」[5][6]というような金属全般の腐食生成物を錆と呼ぶが、腐食防食学の分野では、鉄や鉄合金の腐食生成物のうち、水に不溶のもののみを「錆」「鉄錆」と呼び、非鉄金属の場合は「腐食生成物」と呼ぶ[要出典]。
鉄の錆
[編集]化学反応
[編集]一般的な反応
[編集]錆は、酸化還元反応により鉄表面が電子を失ってイオン化し、鉄表面から脱落して行くことで進行する。電気化学的な反応なので、錆が発生するかどうかは電位と pH に依存する。生じたイオンは酸素により鉄酸化物(酸化鉄)、または水により含水酸化物(水酸化鉄やオキシ水酸化鉄)に変化して鉄表面に堆積する。ゆえに、酸素や水があるところに鉄を放置すると、錆を生じる。錆は自身が水分や汚れを留め、また、鉄鋼表面に凹凸が出来て反応面積が増大するため、一旦生じた錆は加速度的に進行する。
河川や海洋構造物のうち、最も錆びやすい部位は水面の部分である。大気と水が同時に存在する所だからである。
一般的には、下記のような過程で鉄の酸化物(主に鉄(III))が生成する。e− は電子を表す。
これら2つの反応から、以下の反応が起こる。
- Fe2+ + 2 OH− → Fe(OH)2
そして、酸素により以下の反応が起こり、鉄(III) の含水酸化物が生成する。
- 4 Fe(OH)2 + O2 + x H2O → 2 (Fe2O3・x H2O) + 4 H2O
Fe2+ はまたそれ自体が空気酸化される。生成した Fe3+ は沈殿pHが低いため、容易に加水分解をおこし、やはり含水酸化物を生ずる。
- 2 Fe3+ + (x+3) H2O → (Fe2O3・x H2O) + 6 H+
これらの反応の生成物の多くは、オキシ水酸化鉄(III)類である。また、Fe2+ と Fe3+ の共沈により、四酸化三鉄 Fe3O4 が生じることもある。
「赤錆」と呼ばれる鉄錆は、水の存在下での鉄の自然酸化によって生じる、オキシ水酸化鉄(III) 等の(含水)酸化物粒子の疎な凝集膜であるとみなせる。したがって、通常の赤錆には下地の保護作用はなく、腐食はいつまでも進行する。一方、緻密な酸化物被膜ができれば、腐食に対する保護層として機能する。たとえば鉄を濃硝酸に浸すとその強力な酸化力によって表面には緻密な 酸化鉄(III) 層が生じ、腐食速度が低い 不動態と呼ばれる状態になる。不動態皮膜による防護作用を積極的に利用した鉄鋼として耐候性鋼がある。耐候性鋼は一般的な鉄鋼とは違い、無塗装で使える。ステンレス(ステンレススチール)も基本的に同様である。
一方、「黒錆」は主に 四酸化三鉄 からなる。水の存在下で上記のような反応で形成される黒錆層には保護効果は期待できないが、高温、酸素不十分の条件で鉄表面に人工的に形成した黒錆層は不動態層同様に緻密な皮膜となるため、防食法の一つとして有用である。
塩化物イオンによる反応
[編集]塩化物イオン(Cl−)により、鉄の不動態皮膜は孔食と呼ばれる局部腐食作用を受ける。これによって錆が激しく進行し、やがては貫通してしまう。
これは二つの要因があり、Cl− 存在下ではCl− が配位することで鉄イオンが安定化され、鉄の酸化還元電位が卑な方向へ移動して酸化されやすくなることが一つ目である。また、Cl− の存在により酸化鉄の水への溶解度が上がるために不動態皮膜が破壊されて不動態皮膜による防食作用が無効になる、つまり、錆が取り除かれることにより余計に錆びる、ということが二つ目として挙げられる。
錆を誘引するもの
[編集]海水
[編集]海水は Cl− を含んでいる。海塩粒子は風で運ばれることがあるため、海に近い所では内陸部と比べて、鉄鋼の腐食速度が大きい。海岸部では耐候性鋼も無塗装では使えない。これを塩害と呼ぶ。
体液
[編集]汗や血液、尿などの体液もCl−を含むため、鉄鋼に錆を誘発する。このため、剥き出しの鉄鋼には極力素手で触らないこと、また、これらの体液が触れる用途では使用後によく手入れして取り除くことが重要である。
融雪剤
[編集]寒冷地では路面凍結を防ぐために、融雪剤を道路に散布する。融雪剤としては主に塩化カルシウム(CaCl2)が使われる。塩化カルシウムに含まれる Cl- により自動車が錆びることがある。
自動車は主に鉄製であるため、適当な防錆処理が行われていないと容易に錆びる。技術革新による防錆鋼板の採用、防錆塗料の塗布などが進んだため、錆の発生が抑えられているものの、積雪地・厳冬地では隙間から融雪剤成分を含む水分が入り込むことによって、車外からは確認できない部分(袋状になっているモノコックボディ内部)から錆が進行する。 また構造上避けられない微細な隙間(大型トラックのシャシーとボデーの隙間、リーフスプリング同士の隙間など)に融雪剤成分を含む水分が浸透し、走行振動によるストレスと内部から進行する腐食による相乗効果で肉痩せが起き、シャシーの亀裂・リーフスプリング折損など車両に致命的なダメージを与えるケースもある。
このため、積雪地・厳冬地に於けるシャシーやアンダーボディへの防錆塗料の塗布は一般的に見られるものの、施工する塗料の性質、施工者の技量、塗装の環境などによっては、塗料メーカーの意図する防錆性能が発揮できないこともある。
錆の名をもつ事象
[編集]- rust(ラスト) ■
- 英語圏の色名の一つ。英語で「錆」を意味する語 "rust" の別義の一つ。日本語の「錆色」とおおよそ同じとされる。
- 日本伝統の色名の一つ。JISの色彩規格では「灰みの青緑」としている[10]。一般に、くすんで淡い色調の青緑のこと[10]。この場合の「錆」は本来の色合いを灰みにくすませた色の形容として用いている[10]。したがって、江戸時代に流行した浅葱色のバリエーションと考えられる[10]。
- 日本伝統の色名の一つ。ややくすんだ薄い紺色[12]。わずかに緑みがかっている[12]。この場合の「錆」は本来の色合いを灰みにくすませた色の形容として用いている[12]。したがって、江戸時代に流行した納戸色のバリエーションと考えられる[12]。
- また、謙譲語「御」を差し挟んた色名「錆御納戸(さびおなんど)」もある[12]。
- 錆漆(さびうるし)
- 錆絵(さびえ)
- 錆刀(さびがたな)
- 1. 刃の錆びた刀[17][18]。役に立たない刀剣[17][18]。「錆鰯(さびいわし)」「赤鰯(あかいわし)」ともいう[18]。古典における文例:類題和歌集『新撰六帖(新撰六帖題和歌)』(1244年頃成立)巻5「大和歌の腰はなれたるさひ刀さも世にたたすきらもなき哉」(藤原信実)[18]
- 2. 役に立たない人をののしっていう語[17][18]。
- ムネアカオタテドリ(胸赤尾立鳥、学名:Liosceles thoracicus、英名:Rusty-belted tapaculo)
- サビイロネコ(錆色猫、学名:Prionailurus rubiginosus、英名:Rusty-spotted Cat)
- 錆猫(さびねこ)
- 黒・茶の毛が斑(まだら)に入り混じった模様の猫[19]。三毛猫と同じく、雄はほとんどいない[19]。英語では "tortoiseshell cat"、あるいは、略して "tortoiseshell" という[20]。これは「鼈甲(べっこう)」を意する "tortoiseshell" と「猫」を意する "cat" の合成語[20]。三毛猫と違って白い部分が無いかほとんど無いことが英語では注目されており、白が必ず入る三毛猫(主な英語名は calico cat)は "tortoiseshell and white cat" と表現して錆猫と区別する[20]。
- 錆鮎(さびあゆ)
- 錆竹(さびだけ)
- 立ち枯れて表皮に錆のような斑点を生じた竹[23][24][25]。真竹(まだけ)や淡竹(はちく)に多い[25]。
- また、硫酸で焼いて錆竹のような色をつけた竹[23][24][25]。風致があるので、書院窓[24]、茶室の下地窓(したじまど)[24][25]、竿縁(さおぶち)[24]、濡縁(ぬれえん)[25]などに用いる。
転義
[編集]日本語「さび(錆、銹、鏽)」は、第2義として、「我が身にもたらされる悪い結果」を意味する[1]。これは、第1義の化学的現象を、事象を表す語として転義させたもので、以下の派生語も生み出している。
- 身から出た錆(みからでたさび。cf. wikt)
- 刀の錆(かたなのさび)
- 1. 刀に生じる錆[29][30][31]。また、付着した血が錆の原因になる[注 1]ところから、刀で斬り殺すことや斬り殺されることをも指す[29][30][31]。用例:武士A「刀の錆にしてくれよう」[30]
- 2. 「刀汚/刀汚し2���のこと。
- 刀汚/刀汚し(かたなよごし)
- 地金の錆(じがねのさび)
- rust-belt, rustbelt(ラストベルト。cf. wikt:en)
- 上記の固有名詞を語源に派生した普通名詞。
略語
[編集]同根語
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ ただし、刀はそれ以外のさまざまな要因でも錆びる。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g 小学館『デジタル大辞泉』. “錆”. コトバンク. 2020年5月13日閲覧。
- ^ “亜鉛めっき表面に発生する白さびとは - めっきFAQ”. 公式ウェブサイト. 一般社団法人 日本溶融亜鉛鍍金協会 (JGA). 2012年9月19日閲覧。
- ^ a b “rust”. Online Etymology Dictionary. 2020年5月13日閲覧。
- ^ a b “rust”. Webster's Dictionary. Merriam-Webster, Inc.. 2012年9月19日閲覧。
- ^ 古河スカイ 「アルミニウムの腐食のおはなし」 2012年9月19日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “Furukawa-Sky Review No.2 (April 2006) - 技術コラム「アルミニウムの腐食のおはなし」”. 公式ウェブサイト. 株式会社UACJ(旧・古河スカイ) (2006年4月). 2020年5月13日閲覧。
- ^ “錆色”. color-sample.com. 2020年5月13日閲覧。
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- ^ “錆浅葱”. color-sample.com. 2020年5月13日閲覧。
- ^ a b c d e 講談社『色名がわかる辞典』. “錆浅葱”. コトバンク. 2020年5月13日閲覧。
- ^ “錆納戸”. color-sample.com. 2020年5月13日閲覧。
- ^ a b c d e f 講談社『色名がわかる辞典』. “錆納戸”. コトバンク. 2020年5月13日閲覧。
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