横瀬貞征
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時代 | 江戸時代後期 |
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生誕 | 天明元年5月22日(1781年6月13日) |
死没 | 天保13年7月4日(1842年8月9日) |
改名 | 松平福慎(初名)、横瀬貞征 |
別名 | 岩吉、左衛門(通称) |
官位 | 従四位上侍従、駿河守 |
幕府 | 江戸幕府 旗本 |
主君 | 徳川家斉、家慶 |
氏族 | 奥平松平家、横瀬氏 |
父母 |
松平忠福 横瀬貞径 |
兄弟 |
松平忠房、高木正剛、松平忠彊、貞征、 津田信久正室、曲淵景露室、曲淵景露室 |
子 | 貞固 |
横瀬 貞征(よこせ さだゆき)は、江戸時代後期の高家旗本。高家横瀬家(表高家)6代当主。官位は従四位上・侍従、駿河守。
略歴
[編集]天明元年(1781年)、上野国小幡藩2代藩主・松平忠福の四男として誕生。横瀬貞径の養子となる。
文化6年(1809年)7月22日、貞径の隠居により家督を相続する。文化8年(1811年)11月4日、高家職に就き、同年11月25日従五位下・駿河守に叙任する。後に従四位下、従四位上に昇進する。また、通称を美濃守に改め、再び駿河守に戻す。