安倍泰長
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時代 | 平安時代後期 |
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生誕 | 治暦4年(1068年) |
死没 | 保安2年(1121年) |
官位 | 従四位下・陰陽頭 |
主君 | 堀河天皇→鳥羽天皇 |
氏族 | 安倍氏 |
父母 | 父:安倍有行 |
子 | 政文、泰有、泰親、泰時 |
安倍 泰長(あべ の やすなが)は、平安時代後期の貴族・陰陽師。陰陽博士・安倍有行の子。官位は従四位下・陰陽頭。
経歴
[ソースを編集]寛治6年(1092年)に叙爵[1]、翌年の除目では天文博士との兼務を図るが実現しなかった[2]。その後、承徳3年(1099年)に従五位上[3]、天仁元年(1108年)に正五位下[4]に叙され、この間に陰陽博士・暦博士・雅楽頭などを歴任の後、天永2年(1111年)に従四位下に叙される[5]。永久2年(1114年)より陰陽頭を務めていたが、保安2年(1121年)に卒去。享年54[6]。
系譜
[ソースを編集]脚注
[ソースを編集]参考文献
[ソースを編集]- 赤澤春彦「鎌倉期における安倍氏の展開」(所収:『鎌倉期官人陰陽師の研究』(吉川弘文館、2011年) ISBN 978-4-642-02893-6 (原論文2008年)
- 関口力「安倍泰長」(『平安時代史事典』(角川書店、1994年) ISBN 978-4-04-031700-7)
- 槇野廣造 編『平安人名辞典―康平三年〈上〉』(和泉書房、2007年) ISBN 978-4-7576-0396-7