国際アマチュア・ペア碁選手権大会
国際アマチュア・ペア碁選手権大会(こくさいアマチュア・ペアごせんしゅけんたいかい)は、男女ペアによるペア碁の国際大会。オールアマ忘年囲碁大会で毎年恒例となっていたペア碁戦が、ペア碁の普及と国際交流を目的として、1990年に4カ国の参加で第1回をNKB杯国際囲碁アマチュア・ペアトーナメント大会として開催。その後はアジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニア、アフリカ各国・地域の代表選手が参加。1991年から国際囲碁連盟主管、1994年から日本ペア碁協会が主催。本戦とハンデ戦が行われる。
- 名称
- (1回)NKB杯国際囲碁アマチュア・ペアトーナメント大会
- (2-3回)I・A・P-GO杯国際アマチュア・ペア囲碁選手権大会
- (4回)I・A・P-GO杯 / J・A・P-GO杯国際アマチュア・ペア囲碁選手権大会
- (5-7回)I・A・P-GO杯 / J・A・P-GO杯国際囲碁アマチュア・ペア囲碁選手権大会
- (8-11回)I・A・P-GO杯 / J・A・P-GO杯国際アマチュア・ペア囲碁選手権
- (12回)I・A・P-GO杯 / J・A・P-GO杯国際アマチュア・ペア囲碁選手権大会
- (13-18、20回-)I・A・P-GO杯 / J・A・P-GO杯国際アマチュア・ペア碁選手権大会
- (19回)J・A・P-GO杯国際アマチュア・ペア碁選手権大会
- (31回)松田昌士メモリアル 国際アマチュア・ペア碁選手権大会(IAPG杯 / JAPG杯)
- (32回)国際アマチュア・ペア碁選手権大会(IAPG杯 / JAPG杯)
- 主催 (1-4回)大会実行委員会、(5-18回)日本ペア囲碁協会・大会実行委員会、(19回-)日本ペア碁協会・大会実行委員会
- 主管 (2回-)国際囲碁連盟、(18回-)世界ペア碁協会
- 後援 外務省、文化庁、日本棋院、(1,18回-)関西棋院、(1,18回-)朝日新聞社、(1回)上海新民晩報、(2回-)運輸省 / 国土交通省、(2回-)毎日新聞社、(3回-)NHK、(3回-)産経新聞社、(3回-)日本経済新聞社、(6回-)読売新聞社
- 特別協賛 (1回)NKB、(2回-)JR東日本、(2-5回)JTB、(2回-)日本航空、(6回-)日立製作所
ハンデ戦は、第10回からは荒木杯。2008年第19回優勝ペアは第1回ワールドマインドスポーツゲームズのアマチュア日本代表となった。
方式
[編集]本戦には日本国内8地域代表選手、及び各国代表選手の、計32組が出場、優勝ペアを国際アマチュア・ペア碁選手権(I・A・P-GO杯)、日本最上位ペアを全日本アマチュア・ペア碁選手権(J・A・P-GO杯)とする。1-9回はトーナメント戦、10回以降はスイス方式トーナメント戦。またベスト・ドレッサー賞を選出する。
ハンデ戦は一般公募による自由参加で、棋力によりA-Cブロックにてスイス方式トーナメント戦を実施。
10-16回は、パンダネット杯インターネット世界アマチュア囲碁大会の優勝・準優勝者のペアによる、インターネットペア囲碁世界対局を実施。
ペア内での相談は、手番の確認と、投了の相談以外は禁止。手番を間違えた場合はペナルティとして3目のコミを出す。
持ち時間は本戦が60分、「公式ハンデ戦」が40分で、切れ負け。
本戦成績
[編集]回次 | 年度 | 参加国
・地域数 |
優勝 | 2位 | 3位 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1990 | 4 | 湊川幸子・小森祥嗣(日本) | 中村智佳子・曽我部敏行 | 中村泰子・府栄野友康 |
2 | 1991 | 12 | 張成華・謝裕国(中国) | 湊川幸子・小森祥嗣 | 金井智子・金沢東栄 |
3 | 1992 | 14 | 湊川幸子・小森祥嗣(日本) | 金井智子・松多洋一郎 | 小池久子・村岡利彦 |
4 | 1993 | 14 | 馬場智弓・吉田晃(日本) | 牧口佳奈・村岡利彦 | 林むつみ・長野俊 |
5 | 1994 | 16 | 梅沢由香里・坂井秀至(日本) | 李晶媛・朴成洙 | 佃優子・神野正昭 |
6 | 1995 | 17 | 権孝珍・李卿輔(韓国) | 張凱馨・林至涵 | 今村由紀・窪庭孝 |
7 | 1996 | 18 | 中村智佳子・曽我部敏行(日本) | 今村康子・小板橋理 | 吉岡幸子・石原重昭 |
8 | 1997 | 19 | 鄭淑卿・黄祥任(中華台北) | 富紅梅・佐藤邦器 | 李玟眞・李鶴容 |
9 | 1998 | 20 | 金世實・朴成均(韓国) | 高梨聖子・永井正義 | 後藤菜穂子・多賀文吾 |
10 | 1999 | 22 | 後藤菜穂子・多賀文吾(日本) | 田中弓子・小森祥嗣 | 金世英・姜信榮 |
11 | 2000 | 22 | 権美賢・林賢哲(北朝鮮) | 平岡由里子・平岡聡 | 佐藤もも代・下橋幸一 |
12 | 2001 | 21 | 范蔚菁・黄晨(中国) | 李夏辰・金東 | 今村康子・今分喜行 |
13 | 2002 | 22 | 王倪喬・銭楽平(中国) | 金井和子・原田実 | 崔恩雅・文栄三 |
14 | 2003 | 21 | 金世英・金楠勲(韓国) | 新井菜穂子・多賀文吾 | 下坂美織・伊藤明雄 |
15 | 2004 | 22 | チョ・セビヨル ・ リ・ボンギル(北朝鮮) | キム・ジウン ・ ハ・ソンボン | 平岡由里子・平岡聡 |
16 | 2005 | 22 | 黎念念・劉帆(中国) | 金兌炫・温勝勲 | 笹子理紗・江村棋弘 |
17 | 2006 | 21 | ソン・イスル ・ ス・ユテ(韓国) | イエン・リン ・ ロン・リイン | 深坂風子・伊達昌希 |
18 | 2007 | 22 | 金惠臨・姜昌培(韓国) | 小田彩子・永代和盛 | 馬場智弓・斉藤杉太郎 |
19 | 2008 | 1 | 平岡由里子・平岡聡(日本) | 下坂美織・寺山文哉 | 徳永紗月・田中伸拓 |
20 | 2009 | 22 | ソン・イェスル ・ イ・サンホン(韓国) | 小田彩子・永代和盛 | 久代迎春・久代俊明 |
21 | 2010 | 22 | 李映周・宋弘銅(韓国) | 平岡由里子・平岡聡 | 星さゆり・宮本翼 |
22 | 2011 | 22 | 金喜守・李昊承(韓国) | 林暁彤・曽平心(中華台北) | 堀本範子・田中伸幸(日本) |
23 | 2012 | 22 | 張允禎・李昊承(韓国) | 平岡由里子・平岡聡(日本) | 新井菜穂子・蔵元実(日本) |
24 | 2013 | 22 | 金秀英・全俊鶴(韓国) | 林虹冰・羅聖傑(中華台北) | 小田彩子・永代和盛(日本) |
25 | 2014 | 21 | 金秀英・全俊鶴(韓国) | 林曉彤・賴宥丞(中華台北) | 辻萌夏・角田大典(日本) |
26 | 2015 | 21 | 田有珍・宋弘錫(韓国) | 小田彩子・永代和盛(日本) | 竹野麻菜美・坂倉健太(日本) |
27 | 2016 | 21 | 金秀英・朴鐘昱(韓国) | 白昕卉・黄偉(中華台北) | 李雪萌・李雪萌(中国) |
28 | 2017 | 21 | 宇根川万里江・瀧澤雄太(日本) | 柳昇希・李相斌(韓国) | 呉依銘・趙邦橋(中国) |
29 | 2018 | 21 | 田有珍・許榮珞(韓国) | ���根川万里江・瀧澤雄太(日本) | 陳芊瑜・蔡昀哲(中華台北) |
30 | 2019 | 21 | リ・ルビ ・ 許榮珞(韓国) | 藤原彰子・津田裕生(日本) | 陳思・胡煜清(中国) |
31 | 2020 | 2[1] | 岩井温子・趙錫彬(日本・韓国) | 金子もと子・佐藤洸矢(日本) | 辻󠄀萌夏・山田真生(日本) |
32 | 2022[2] | 17 | 韓智媛・洪世煐(韓国) | 藤原彰子・津田裕生(日本) | 林曉彤・賴宥丞(中華台北) |
参加国は、第1回は、日本・中国・韓国・中華台北。第18回では、(アジア)日本・中国・韓国・中華台北・マレーシア・シンガポール・タイ・フィリピン、(ヨーロッパ)チェコ・ノルウェー・オーストリア・ドイツ・スペイン・ロシア・フィンランド・フランス・ポーランド、(北米)カナダ・アメリカ、(中南米)コスタリカ・ペルー、(オセアニア)オーストラリアとなっている。
後にプロ入りした出場者としては、他に第12回の石井茜・金井孝太(4位)、謝依旻・許志偉などがいる。
脚注
[編集]- ^ 新型コロナウィルス感染拡大防止のため、ほぼ国内戦として開催。公式ハンデ戦は中止。
- ^ 2021年開催予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、2022年に延期された。“第32回 国際アマチュア・ペア碁選手権大会 松田杯 第7回世界学生ペア碁選手権大会 開催延期のお知らせ”. 日本ペア碁協会 (2021年7月27日). 2023年3月30日閲覧。