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劉友(りゅう ゆう、泰始6年(470年)- 昇明3年2月4日(479年3月12日))は、南朝宋の皇族。邵陵殤王。明帝劉彧の七男。字は仲賢。
劉彧と泉美人のあいだの子として生まれた。元徽2年(474年)5月、使持節・都督江州豫州之西陽新蔡晋熙三郡諸軍事・南中郎将・江州刺史に任じられ、邵陵王に封じられた。昇明元年(477年)、左将軍の号を受けた。昇明2年(478年)1月、都督南豫豫司三州諸軍事・安南将軍・南豫州刺史・歴陽郡太守に転じた。昇明3年(479年)2月、死去。子はなく、封国は除かれた。
- 『宋書』巻90 列伝第50
- 『南史』巻14 列伝第4