制震
制震(せいしん)は、建築設計上の概念であり、建物に入力される地震力を、建物内部の機構により減衰させたり増幅を防いだりすることで、建物の振動を低減させることを指す。目的は同じだが類似の用語の耐震や免震とは区別される。
制振とも書かれ、日本建築学会では正式に制振を用いているが、言葉の顧客への印象や「耐震」など他の用語との対比のしやすさから民間企業では制震を用いることもある。ただし、地「震」を制するのではなく「振」動を制するという趣旨から、近年では「制振」に統一されつつある。
力学的な形態により、「層間ダンパー型」、「マスダンパー型」、「連結型」などに分類され、また、エネルギーの入力の有無により「パッシブ制震」、「セミアクティブ制震」、「アクティブ制震」に大きく分かれる。
主に大規模な建築物に利用されているが、近年では住宅などへの適用も目立つ。また、橋梁などにも制震機構が組み込まれることがある。
制震・免震・耐震の比較
[編集]比較すべき概念として「免震」と「耐震」があり、以下のように要約できる。
制震
[編集]地震動をエネルギーとして捉え、建物自体に組み込んだエネルギー吸収機構により地震が入力しても抑制する技術。建物の揺れを抑え、構造体の損傷が軽減されるため繰り返しの地震に有効。大規模建築物に採用することが多かったが、近年では戸建て住宅への効果も検証され、採用する例が急増している。免震に比べて、コストは安価。
免震
[編集]地盤との絶縁などにより、地震力を受けないようにする。基礎部分にアイソレータやダンパーを敷き、その上に建物を設置することにより、地盤の揺れに建物が追随しないようにする。あらゆる規模の建築物に有効だが、コストは大きく、普及率は高くない。また、地盤と絶縁するため、強力な台風や竜巻により倒壊する可能性がある。また、津波に押し倒される可能性もあり、前述の台風や竜巻が起こっている時に地震が起きると、更に倒壊の危険性が高まる。
耐震
[編集]地震の力に対して、構造体の力で耐える技術。構造を��夫にし、地震力を受けても倒壊しないようにする。耐力壁を配置し、筋交いなどを設けることで、建物の各部分が破壊しないだけの強度を確保する。すべての建築物に必須の要素である。繰り返しの地震においては、破壊は進行していく(木造住宅における現状の耐震基準は、震度6程度の地震1回では倒壊しないことを定めている)。
このうち「免震」と「制震」は新しい研究成果によってもたらされたものであるが、「耐震」は、地震のある地域に建物を建てる以上ある程度自然に湧いてくる発想である。建築基準法によっても耐震構造は義務付けられている一方、免震・制震は任意に行う。また、耐震基準をクリアーした建物に加えて盛り込む技術である。
制震技術の分類
[編集]制震の技術は、エネルギーの入力の有無や、制震機構の組み込み方によって、次のように分類される。
パッシブ制震、セミアクティブ制震、アクティブ制震
[編集]制震の手法には、エネルギーの入力の有無で大きくわけて「パッシブ制震」「セミアクティブ制震」「アクティブ制震」がある。
パッシブ制震
[編集]電力などのエネルギーの入力を一切必要としない物をさす。オイルダンパーや粘弾性物質、金属などのエネルギー吸収要素を利用した制震壁・制震ブレース・制震柱などが使われ、建物の各部分で震動を減衰させる。停電などの影響を受けず、安定した性能を発揮することができる。
セミアクティブ制震
[編集]「少量のエネルギーの入力を必要とするもの」と分類される。また、「建物の振動を状態方程式で表したとき、係数を動的に変化させるもの」という分類のされ方もある。具体的にはオイルダンパーのオイルの流量の調節などを行い、逐次、適した係数に変化させることでパッシブ制震よりも効果的な振動の低減を図るものである。制御にはコンピュータや簡単なリレー回路を用いる。
アクティブ制震
[編集]「多くのエネルギーの入力を必要とするもの」と分類される。また、「建物の振動を状態方程式で表したとき、新たな項を追加するもの」という分類のされ方もある。直接的に外部からのエネルギーの入力により建物の振動を制御するための力を与える装置を設置するものであり、マスダンパー型や連結型として用いられる。一方で建物の振動を抑える力を発揮できる装置は、即ち建物を振動させる力を発揮できる設置であるため、設計ミスや誤作動、意図的な操作により建物を振動させることも可能であり、設計に際しては細心の注意が払われている。
セミアクティブやアクティブ制震では震災時に停電しても動作を担保するために無停電電源装置を用いることが多い。また、最低でも数十年になる建物の供用期間に対して制御に用いるコンピュータの寿命は短いため、定期的な交換が必要である。
層間ダンパー型、マスダンパー型、連結型
[編集]層間ダンパー型
[編集]建物の上の層(床)と下の層の間をダンパーを用いて連結し、建物が振動で変形した際にダンパーも変形させ、ダンパーにエネルギーを吸収させて建物の損傷を防ぐ機構である。ダンパーにはオイルダンパーや粘弾性体、金属の塑性化を利用したものなどがあり、また、設置様式によりブレース型や間柱型、壁型等がある。ほとんどの場合でパッシブ制震として用いられるが、セミアクティブ制震として用いられるものもある。
マスダンパー型
[編集]建物の最上部などに「おもり」を設置し、おもりと建物の間に生じる力を利用して建物の振動を低減させるもので、動吸振器の一種。揺れているブランコに乗っている人が自らの重心を動かすことで急激に揺れを止める様子を想像すると良い。日本のゼネコンからは、シリーズ化されたアクティブ制震機構がいくつも出ている。おもりと建物を連結するばね(または振り子)やダンパーを振動学的に適切に調整したパ��シブ制震のものをTMD (Tuned Mass Damper)、おもりと建物を連結するばね(または振り子)やダンパーを動的に制御し調節するセミアクティブ制震のものをATMD (Active Tuned Mass Damper)、コンピュータにより解析を行い、おもりをアクチュエータやリニアモーターで応答を制御するのに適した動きをさせるAMD (Active Mass Damper) 等がある。ただ、建物に載せるおもりには限度があり、出せる力が小さいため、ほとんどの場合で地震ではなく風に因る振動を対象としている。
連結型
[編集]複数の建物、または建物の構造を複数にわけて、ダンパーで連結する制震機構である。建物が互いの重さを利用して振動を低減させるための力を得る。パッシブ、セミアクティブ、アクティブ制震のいずれのタイプも可能である。事例数は少ないが幾つかの研究が行われている。晴海トリトンスクエアなどが知られる。
制震技術の普及
[編集]制震技術が開発された当初、その恩恵を受けることができたのは高層ビル・超高層ビルなど、もっぱら大型の建築物であった。制震装置も物件ごとにオリジナルのものを設計する必要があったり、構造解析にも手間と技量を要するなど、予算をかけなければ導入できなかった。
しかし現在では、耐震補強技術の一環として、一般戸建住宅や中規模の建築物を対象とし、規格化されたパッシブ制震パーツが開発されている。オイルダンパー・金属ダンパーなどの制震機構を組み込んだ筋交いなど、比較的簡易に取り付けられるものが存在する。しかし取り付け位置によっては制震効果がほとんど得られなかったり、逆に構造的なバランスを崩してしまうなど、不用意な利用はできない。
そもそも小規模な低層の建物においては、問題となる地震動の変位の大きさに比べて、破壊に至らないために許される層間変位が小さい。 制振機構を取り付けた構造が強いのは、層間変位自体を抑える効果によるものであって、一般的な筋交いや構造用面材による補強と変わらない点に留意すべきであり、導入コストに見合ったメリットを得るのは難しい。
免震技術の難しさ
[編集]免震技術はゴムやコロによって建物を大地の運動から切り離すことが中心になっている。大きな建物では積層ゴムに鉛芯を入れたものやコロを基礎と建物の間に挟んだりすることで、地震時の大地の動きが直接建物に伝わらないようにしているが、一般住宅ではゴムの硬さと建物の重量が合わないために家人の移動によって家が揺れる傾向があり、高コストという理由もあってあまり採用されない。特に日本では地震と共に台風などの強風への備えも建物に求められるが、免震機構を採り入れた小さな建物に強風が吹きつけると揺れが生じたり、コロが台座から外れたりすることがあるために、発展途上の技術であるといえる。免震技術では主に水平方向の揺れによる建物への影響を緩和できるが、垂直方向での揺れに対しては無力なものが多い[1]。
脚注
[編集]- ^ 高層建築研究会編 『建物の科学』 日刊工業新聞社 2007年2月27日初版1刷発行 ISBN 9784526058257