1994年の横浜ベイスターズ
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1994年の横浜ベイスターズ | |
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成績 | |
セントラル・リーグ6位 | |
61勝69敗 勝率.469[1] | |
本拠地 | |
都市 | 神奈川県横浜市 |
球場 | 横浜スタジアム |
球団組織 | |
オーナー | 中部慶次郎 |
経営母体 | マルハ |
監督 | 近藤昭仁 |
« 1993 1995 » |
1994年の横浜ベイスターズ(1994ねんのよこはまベイスターズ)では、1994年の横浜ベイスターズにおける動向をまとめる。
この年の横浜ベイスターズは、近藤昭仁監督の2年目のシーズンである。
概要
[編集]横浜ベイスターズとなって2年、今年にかける近藤監督は巨人ヘッドコーチ時代にともに戦った駒田徳広をフリーエージェントで獲得し、駒田の獲得資金捻出のため屋鋪要・高木豊・山崎賢一らの主力選手を解雇。横浜ベイスターズ2年目は波留敏夫や佐伯貴弘などの若手をスタメンに入れるなど、戦力を一新して開幕に臨んだ。しかし、中日との開幕2連戦に連勝するもその後が続かず4月を9勝10敗で終了。5月はグレン・ブラッグスやロバート・ローズといった外国人選手の活躍で12勝10敗の貯金1と勝ち越すが、巨人が独走状態に突入した6月に9勝13敗と負け越すと、広島に代わって7月以降最下位に転落。終盤に入って12勝6敗と勝ち越してあともう少しで勝率5割が目前に見えたものの、最後は4連敗を喫して閉幕。前年の.438から.469へと勝率が上がったにもかかわらず順位を1つ落とし、また苦手の阪神に7勝19敗と負け越したのが響いた(それ以外では互角だった)。佐伯・波留ら若手の台頭や駒田の活躍はあったものの、近藤監督の2年目は最下位で終えた。この年のドラフトで1998年の優勝に貢献する福盛和男、2000年以降のチームを支えた多村仁、相川亮二が指名されて入団した。
チーム成績
[編集]レギュラーシーズン
[編集]開幕:4/9 | 5/1 | 6/1 | 7/1 | 8/2 | 9/3 | |||||||
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1 | 中 | 高橋雅裕 | 中 | 高橋眞裕 | 遊 | 進藤達哉 | 中 | 高橋雅裕[注 1] | 三 | 石井琢朗 | 遊 | 波留敏夫 |
2 | 三 | 石井琢朗 | 三 | 石井琢朗 | 三 | 石井琢朗 | 三 | 石井琢朗 | 遊 | 永池恭男 | 三 | 石井琢朗 |
3 | 一 | 駒田徳広 | 一 | 駒田徳広 | 二 | ローズ | 一 | 駒田徳広 | 二 | ローズ | 二 | ローズ |
4 | 右 | ブラッグス | 右 | ブラッグス | 右 | ブラッグス | 二 | ローズ | 右 | ブラッグス | 右 | ブラッグス |
5 | 二 | ローズ | 二 | ローズ | 中 | 畠山準 | 右 | 畠山準 | 中 | 畠山準 | 一 | 駒田徳広 |
6 | 左 | 畠山準 | 左 | 畠山準 | 一 | 駒田徳広 | 左 | 佐伯貴弘 | 一 | 駒田徳広 | 中 | 畠山準 |
7 | 遊 | 進藤達哉 | 遊 | 進藤達哉 | 左 | 佐伯貴弘 | 遊 | 進藤達哉 | 左 | 佐伯貴弘 | 左 | 佐伯貴弘[注 2] |
8 | 捕 | 谷繁元信 | 捕 | 谷繁元信 | 捕 | 谷繁元信 | 捕 | 谷繁元信 | 捕 | 谷繁元信 | 捕 | 谷繁元信 |
9 | 投 | 有働克也 | 投 | 森山良二 | 投 | 有働克也 | 投 | 五十嵐英樹 | 投 | 有働克也 | 投 | 有働克也 |
順位 | 4月終了時 | 5月終了時 | 6月終了時 | 7月終了時 | 8月終了時 | 9月終了時 | 最終成績 | |||||||
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1位 | 巨人 | -- | 巨人 | -- | 巨人 | -- | 巨人 | -- | 巨人 | -- | 巨人 | -- | 巨人 | -- |
2位 | 中日 | 1.5 | 中日 | 3.5 | 中日 | 9.5 | 中日 | 8.0 | 広島 | 4.0 | 中日 | 中日 | 1.0 | |
3位 | ヤクルト | 3.5 | 横浜 | 4.5 | ヤクルト | 阪神 | 9.0 | 中日 | 6.5 | 広島 | 2.5 | 広島 | 4.0 | |
4位 | 横浜 | 4.0 | ヤクルト | 5.5 | 横浜 | 11.5 | ヤクルト | 10.0 | 阪神 | 8.0 | 横浜 | 5.5 | 阪神 | 8.0 |
5位 | 広島 | 5.5 | 阪神 | 7.0 | 阪神 | 14.0 | 広島 | 11.0 | ヤクルト | 9.0 | 阪神 | 6.0 | ヤクルト | |
6位 | 阪神 | 6.5 | 広島 | 9.5 | 広島 | 15.5 | 横浜 | 13.0 | 横浜 | 11.5 | ヤクルト | 7.0 | 横浜 | 9.0 |
期間 成績 |
9勝10敗 勝率.474 |
12勝10敗 勝率.545 |
9勝13敗 勝率.409 |
7勝13敗 勝率.350 |
12勝13敗 勝率.480 |
12勝6敗 勝率.667 |
0勝4敗 勝率.000 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 読売ジャイアンツ | 70 | 60 | 0 | .538 | 優勝 |
2位 | 中日ドラゴンズ | 69 | 61 | 0 | .531 | 1.0 |
3位 | 広島東洋カープ | 66 | 64 | 0 | .508 | 4.0 |
4位 | ヤクルトスワローズ | 62 | 68 | 0 | .477 | 8.0 |
4位 | 阪神タイガース | 62 | 68 | 0 | .477 | 8.0 |
6位 | 横浜ベイスターズ | 61 | 69 | 0 | .469 | 9.0 |
オールスターゲーム1994
[編集]→詳細は「1994年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
- 選出選手
ポジション | 名前 | 選出回数 |
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投手 | 斎藤隆 | 初 |
外野手 | 畠山準 | 2 |
ブラッグス | 初 |
できごと
[編集]選手・スタッフ
[編集]表彰選手
[編集]リーグ・リーダー |
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受賞者なし |
ベストナイン | ||
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選手名 | ポジション | 回数 |
ブラッグス | 外野手 | 初受賞 |
ゴールデングラブ賞 | ||
選手名 | ポジション | 回数 |
駒田徳広 | 一塁手 | 2年連続5度目 |
石井琢朗 | 三塁手 | 2年連続2度目 |
ドラフト
[編集]→詳細は「1994年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
- 網掛けの選手は逆指名による入団
順位 | 選手名 | ポジション | 所属 | 結果 |
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1位 | 紀田彰一 | 内野手 | 横浜高 | 入団 |
2位 | 米正秀 | 投手 | 神戸製鋼 | 入団 |
3位 | 福盛和男 | 投手 | 都城高 | 入団 |
4位 | 多村仁 | 外野手 | 横浜高 | 入団 |
5位 | 相川亮二 | 捕手 | 東京学館高 | 入団 |
6位 | 加藤謙如 | 外野手 | 駒澤大学附属苫小牧高 | 入団 |
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ “年度別成績 1994年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2015年11月20日閲覧。
- ^ a b 『1995 ベースボール・レコード・ブック』ベースボール・マガジン社、1994年。ISBN 4-583-03171-8。
- ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | ||||||
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優勝 | 読売ジャイアンツ | 2位 | 中日ドラゴンズ | 優勝 | 西武ライオンズ | 2位 | オリックス・ブルーウェーブ |
3位 | 広島東洋カープ | 4位 | ヤクルトスワローズ | 2位 | 近鉄バファローズ | 4位 | 福岡ダイエーホークス |
4位 | 阪神タイガース | 6位 | 横浜ベイスターズ | 5位 | 千葉ロッテマリーンズ | 6位 | 日本ハムファイターズ |
:日本一 :日本シリーズ出場 | |||||||