照喜 (呼出)
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基礎情報 | ||||
呼出名 | 陸奥夫→安喜夫→照喜 | |||
本名 | 工藤 隆久 | |||
生年月日 | 1968年8月10日(56歳) | |||
出身 | 青森県南津軽郡田舎館村 | |||
所属部屋 | 安治川部屋→伊勢ヶ濱部屋 | |||
データ | ||||
現在の階級 | 幕内呼出 | |||
最高位 | 幕内呼出 | |||
初土俵 | 1987年3月 | |||
幕内呼出 | 2015年11月 | |||
備考 | ||||
2023年10月2日現在 |
照喜(てるき、1968年(昭和43年)8月10日[1] - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は工藤 隆久[1](くどう たかひさ)。青森県南津軽郡田舎館村出身[1]。安治川部屋→伊勢ヶ濱部屋所属[1]。血液型はB型[1]。
人物
[編集]呼出になる前は安治川部屋の力士で四股名は「陸奥龍」を名乗った。1984年5月場所で初土俵を踏む。1987年1月場所で力士を廃業。最高位は序二段103枚目だった(1986年9月場所)。その後、呼出に転じて安治川部屋所属の「陸奥夫」となった。安治川部屋の師匠が陸奥嵐から旭富士に代わり、呼出名を「安喜夫」に変えた。所属する安治川部屋は伊勢ヶ濱部屋に変わり、これに伴い呼出名も「安喜夫」から「照喜」に変えた。
履歴
[編集]- 1984年5月場所 - 初土俵:陸奥龍
- 1986年9月場所 - 力士としての最高位の東序二段103枚目に昇進。
- 1987年1月場所 - 力士を廃業。
- 1987年3月場所 - 呼出として初土俵を踏む。呼出名:陸奥夫。
- 1994年1月場所 - 安喜夫に改名。
- 1994年7月場所 - 呼出の番付制導入により、三段目呼出となる。
- 1996年1月場所 - 幕下呼出に昇進。
- 2002年1月場所 - 十両呼出に昇進。
- 2008年3月場所 - 照喜に改名。
- 2015年11月場所 - 幕内呼出に昇進。
力士時代の成績
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基礎情報 | ||||
四股名 | 陸奥龍 | |||
本名 | 工藤 隆久 | |||
生年月日 | 1968年8月10日(56歳) | |||
出身 | 青森県南津軽郡田舎館村 | |||
身長 | 179cm | |||
体重 | 98kg | |||
所属部屋 | 安治川部屋 | |||
成績 | ||||
現在の番付 | 引退 | |||
最高位 | 東序二段103枚目 | |||
生涯戦歴 | 43勝50敗12休(16場所) | |||
データ | ||||
初土俵 | 1984年5月場所 | |||
引退 | 1987年1月場所 | |||
引退後 | 呼出・照喜 | |||
備考 | ||||
2023年10月2日現在 |
場所別成績
[編集]一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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1984年 (昭和59年) |
x | x | (前相撲) | 東序ノ口53枚目 4–3 |
西序ノ口9枚目 3–4 |
西序ノ口16枚目 3–4 |
1985年 (昭和60年) |
西序ノ口15枚目 3–4 |
西序ノ口8枚目 2–5 |
西序二段158枚目 2–5 |
東序ノ口17枚目 3–4 |
東序ノ口23枚目 5–2 |
東序二段126枚目 3–4 |
1986年 (昭和61年) |
西序二段140枚目 4–3 |
東序二段104枚目 3–4 |
西序二段118枚目 2–5 |
東序二段155枚目 5–2 |
東序二段103枚目 0–2–5 |
西序ノ口16枚目 休場 0–0–7 |
1987年 (昭和62年) |
番付外 引退 –– |
x | x | x | x | x |
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
改名歴
[編集]- 陸奥龍 隆久(むつりゅう たかひさ)1984年5月場所 - 1987年1月場所
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『令和五年大相撲力士名鑑』ベースボールマガジン社、2023年。