村上義温
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村上 義温(むらかみ よしあつ、1889年(明治22年)4月22日[1] - 1954年(昭和29年)10月20日[2])は、日本の外交官。駐ペルー公使。
経歴
[編集]石川県出身。1910年(明治43年)、神戸商業高等学校(現在の神戸大学)を卒業し、翌年に外交官及領事官試験に合格した[3]。上海に領事官補として赴任し、以後大使館三等書記官、領事・関東都督府事務官、外務事務官・帝都復興院書記官などを歴任し、その間、長春、南京、ニューヨーク、イギリスに勤務した[3]。1924年(大正13年)より香港総領事、ハンブルク総領事を務め、1931年(昭和6年)からはトルコ大使館参事官となった[3]。1933年(昭和8年)に駐ペルー公使に任命され、1935年(昭和10年)からは駐エクアドル公使を、1936年(昭和11年)からは駐ボリビア公使を兼ねた[3]。
脚注
[編集]- ^ 大衆人事録 1937.
- ^ 外務省外交史料館日本外交史辞典編纂委員会『新版 日本外交史辞典』山川出版社、1992年、994頁。
- ^ a b c d 人事興信録 1939.
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第12版(下)』人事興信所、1939年。
- 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第12版』帝国秘密探偵社、1937年。