あすの世界と日本
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あすの世界と日本 | |
---|---|
ジャンル | 教養番組 |
企画 | 日本広報センター |
出演者 | 堺屋太一 |
製作 | |
制作 |
日本シネセル 日本テレビ |
放送 | |
放送国・地域 | 日本 |
番組開始から1976年3月まで | |
放送期間 | 1975年10月5日 - 1976年3月28日[1] |
放送時間 | 日曜 10:00 - 10:30 |
放送分 | 30分 |
1976年4月から1989年9月まで | |
放送期間 | 1976年4月4日 - 1989年9月24日[2] |
放送時間 | 日曜 9:00 - 9:30 |
放送分 | 30分 |
1989年10月から番組終了まで | |
放送期間 | 1989年10月1日 - 1990年3月25日[3] |
放送時間 | 日曜 9:30 - 10:00 |
放送分 | 30分 |
『あすの世界と日本』(あすのせかいとにっぽん)は、1975年10月5日[4]から1990年3月25日[5]まで日本テレビ系列局ほかで放送されていた教養番組である。日本シネセル(現・CNインターボイス)と日本テレビの共同製作。
概要
[編集]作家の堺屋太一が司会を務めていた番組で、海外各国の経済発展の現状などを伝えるドキュメンタリー映像を堺屋の解説で紹介していた。日本広報センター (JIC) が企画を担当していたことから政府色が強く、番組の最後に政府広報のCMがPT(スポットCM)として放送されていた。
エンディングでは必ず、ブルーバックに「ご意見・ご感想をお寄せください。」と書かれたテロップを表示していた。また、当時同系列局で放送されていた番組(『スター誕生!』や『TVジョッキー』など)では宛先が「東京都麹町郵便局 私書箱○○○号(番組名によって私書箱番号が異なる)」と表示されるケースが殆どだったのに対し、この番組は当時の日本テレビ本社所在地(東京都千代田区二番町14[注釈 1])を宛先に指定していた。また、当時同系列局で放送されていた『それは秘密です!!』や『カックラキン大放送!!』も、この番組と同じ所在地を宛先に指定していた。
番組は1990年春の改編を機に終了し、14年半の放送に幕を閉じた。その後も日本広報センターと日本シネセルと日本テレビの3社は『小朝の地球時代』と『徳光の「地球時代です」!』の共同製作を行っていた。
放送時間
[編集]いずれも日本テレビの時間帯とする(出典:[6])。
放送期間 | 放送時間(日本時間) | 備考 | |
---|---|---|---|
1975.10.05 | 1976.03.28 | 日曜 10:00 - 10:30(30分) | |
1976.04.04 | 1989.09.24 | 日曜 09:00 - 09:30(30分) | |
1989.10.01 | 1990.03.25 | 日曜 09:30 - 10:00(30分) | [注釈 2] |
放送局
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
特筆の無い限り全て同時ネット。
- 日本テレビ(制作局)
- 札幌テレビ[注釈 3]:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月5日 - 1976年3月28日) → 日曜 7:30 - 8:00(1976年4月4日 - 1984年4月1日) → 日曜 7:00 - 7:30(1984年4月8日 - 1990年3月25日)[7]
- 青森放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- テレビ岩手:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 秋田放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 山形放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- ミヤギテレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 福島中央テレビ:日曜 9:00 - 9:30(1975年10月開始時点)[8]
- 山梨放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 北日本放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8] → 日曜 8:00 - 8:30(1978年時点)[9]
- 福井放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 中京テレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 読売テレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 日本海テレビ:日曜 9:00 - 9:30(1975年10月開始時点)[8]
- 広島テレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]。日曜9:30時代は同枠で広島市提供の自社制作番組『サンデーリポートひろしま』を放送のため、7:00 - 7:30に先行ネット[10]
- 山口放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 四国放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 西日本放送:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 南海放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 高知放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 福岡放送:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 日本テレビ本社は2004年2月29日に汐留の新社屋へ移転した。なお、千代田区二番町14の施設は麹町分室に機能が変更された。
- ^ 『中村敦夫のザ・サンデー』の放送開始により、以後は30分繰り下げて放送。
- ^ 開始当初から1976年3月28日までは同時ネット。1976年4月4日以降は先行ネット。なお、それまで札幌テレビが同時ネットで放送された『おはよう!こどもショー』の日曜版は1976年3月28日で終了。
出典
[編集]- ^ 『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)10月 - 1976年(昭和51年)3月、テレビ欄。
- ^ 『読売新聞』(縮刷・関東版) 1976年(昭和51年)4月 - 1989年(平成元年)9月、テレビ欄。
- ^ 『読売新聞』(縮刷・関東版) 1989年(平成元年)10月 - 1990年(平成2年)3月、テレビ欄。
- ^ 『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)10月5日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 『読売新聞』(縮刷・関東版) 1990年(平成2年)3月25日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)10月 - 1990年(平成2年)3月、テレビ欄。
- ^ 『北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)10月 - 1990年(平成2年)3月、テレビ欄。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)10月5日付朝刊、15面の下部の日本テレビ出稿広告より。
- ^ 『北日本新聞』1978年3月19日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 『読売新聞』(岡山版) 1990年(平成2年)2月11日付朝刊。
日本テレビ系列 日曜 10:00 - 10:30 | ||
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
あすの世界と日本
(1975年10月5日 - 1976年3月28日) |
にっぽんレポート
(1976年4月4日 - 1982年3月28日) 【土曜 10:15 - 10:45より再移動】 |
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日本テレビ系列 日曜 9:00 - 9:30 | ||
あすの世界と日本
(1976年4月4日 - 1989年9月24日) |
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日本テレビ系列 日曜 9:30 - 10:00 | ||
週刊文珍
(1989年4月2日 - 9月24日) |
あすの世界と日本
(1989年10月1日 - 1990年3月25日) |
小朝の地球時代
(1990年4月1日 - 1991年3月) |