
ノア・スミス「ポール・クルーグマンは世間の人に見える経済学の姿を変えた」(2024年12月11日)

クルーグマンは偉大な経済学者だけど,それだけじゃなく,経済の語り方の変革者でもある
ドキッとした人も安心してほしい.ポール・クルーグマンは存命だよ.ただ,25年近く続けた『ニューヨークタイムズ』コラムニストは引退するそうだ.きっと,引退を惜しむ声はたくさん上がるだろうね.(ちなみに,その後は Substack に移るらしい.だから,きっとたくさんブログ活動をしてくれるはずと期待しておこう!)
大学院2年目の頃に,友人がこう言ってきた.「経済学ブログを始めるべきだよ.そしたら,次のポール・クルーグマンになれるかもよ.」 彼女に,ぼくはこう返した.「いや,ブログはやってみようと思ってるけどさ,クルーグマンの後に続くのなんてどうみてもムリでしょ.」 それはいまも変わらない.というか,クルーグマンのようにやれる人が一人でもいるのか,ぼくにはわからない.
ただ,ちょうど2年後に完全な偶然のいたずらで,他でもなくクルーグマンが,ぼくの執筆キャリアの幕を開けることになった.怒れる大学院生としてブログを始めたとき,ブラッド・デロングとマーク・ソーマを通じてクルーグマンがぼくを目に留めて,たびたび〔コラムから〕ぼくにリンクを貼ってくれるようになった.率直に言って,ぼくの身に余るほどの頻度だったと思う.はじめてリンクが貼られた記事は,たしか2011年4月の「経済学の大学院で学んだこと」だったはずだ.『ニューヨークタイムズ』に自分の名前を見つけて,ずいぶんびっくりした覚えがある.その後,定期的にリンクが貼られるようになって,じきにぼく自身にもフォロワーがつきはじめた.いま��り返ると,クルーグマンがぼくを見出してなかったら,いまこうして Substack を書いてはいなかったんじゃないかと思う.
こんなことを言うのも,たんに個人的な感謝の気持ちからだけじゃなくて,ポール・クルーグマンが経済学の執筆スタイルをどう再定義したかが,ここに例示されているからでもある.ぼくみたいな無名の人物を引き上げて交流するのは,クルーグマンの流儀の一部でありつづけている.クルーグマンの会話は,アイディアの実力主義だ――こちらが言ったことを「これは面白いな」と思ったら,クルーグマンはそのアイディアを取り上げる.こちらが伝説級の学者だろうと,名も知れない大学院生だろうと,関係ない.クルーグマンにとって大事なのはアイディアであって,発言した人物の資格や業績じゃない.
この点はとりわけ重要だ.というのも,経済学って分野は,階層と資格と地位が絶対的に中心をしめているからだ.その閉鎖的で隔離された専門分野のなかでは,トップ層の人たちはまるで神のように扱われる.ダロン・アセモグルやラジ・チェティの研究に欠陥を見つけてそれを論文に書きたければ書いてもいいけれど,三流大学に在籍する名も知れない教授や大学院生がそんなのを書いたところで,批判はやんわりと無視されるのが相場だ――あるいは,自分が挑んでるスーパースター研究者の論文に比べてずっと軽く見られる.それに,ランクの低い教授や大学院生が「アセモグルは/チェティは間違っている」なんて大声で主張すれば,返ってくるのはこんな反応だ――「何様のつもり?」 [n.1] こういう業界内の階層の力は広くすみずみに及び,どこにいってもついてまわる.経済学の業界内に身を置いてみないと,その力はなかなかわからない.
こんな風に甘やかされた階層的世界を打ち破って開放するのに,クルーグマンはうってつけの立場にいた.ケチのつけようがない研究業績をもち,2008年にはノーベル経済学賞もとったトップ研究者として,外の声を取り入れてそのアイディアを真剣に検討する業界内の権威が,彼にはあった.それに,既存の学術的なドグマを疑うだけの権威もあったし,さらには,その権威で業界内の醜い部分を世間にさらけ出すこともできた.クルーグマンのおそらく最重要だろうコラムで彼がやってのけたのが,まさにそれだった.そのコラムは,「経済学者たちはどこで間違えたのか」だ.執筆されたのは2009年9月,金融危機がはじまって1年後のタイミングだった.この傑作から,ほんのちょっと抜粋しよう:
いまとなっては信じがたいけれど,わりと最近まで,経済学者たちは自分たちの分野の成功を自画自賛していた.(…)MIT のオリヴィエ・ブランシャールはこう宣言した(…)「マクロ経済学の現状は良好だ.」また,シカゴ大学のロバート・ルーカスはこう言ってのけた. 「不況を防ぐという中心課題は解決された.」
去年,すべてが瓦解した.
いまの危機が到来するのを予見していた経済学者はいないも同然だ.とはいえ,予想できなかったという失敗は,この分野のいろんな問題群のなかではいちばんマシな方なんだ.それより,もっと重大な問題がある.市場経済における破滅的な失敗という可能性そのものにこの分野が盲目だったことだ.黄金期に,金融経済学者たちはこう信じるにいたっていた.「市場はおのずと安定した性質を備えている――それどころか,株式その他の資産はつねに正しく値付けされている.」 主流モデルには,去年起きたような崩壊がありうると示唆する部分は皆無だった.その一方で,マクロ経済学者たちはいろんな見解で分裂していた(…)そのどちらの側も,FRBが最善を尽くしても脱線してしまった経済に対処する準備ができていなかった.
そして,この危機のあと,経済学界の断層線はかつてなく大きく開いた.ルーカスはオバマ政権による景気刺激策を「粗悪な経済学」と呼び,彼のシカゴ大学の同僚であるジョン・コクランは景気刺激策が信用を失った「おとぎ話」に基づいていると言っている(…)
ぼくの見たところ,経済学界が道を誤った理由は,経済学者という集団の考え違いにある.立派な数学を装った美しさを真実と取り違えてしまったんだ(…).大恐慌の記憶が薄れていくにつれて,経済学者たちはかつての理想化された経済に恋をしてしまった.その理想化された経済では,完全市場で合理的な個人たちが互いにやりとりをする.かつてとちがうのは,ご大層な数式で飾り立てられているところだ.(…)経済学業界が失敗した原因の核心部分は,包括的で知的に洗練されたアプローチへの欲望だった.そのアプローチは,いかに自分が数学に秀でているかをひけらかす機会を経済学者たちにもたらしていた.
残念ながら,このうるわしく美化された清浄な経済像に目を曇らせた経済学者たちは,あれこれのおかしくなりうる物事を無視してしまった.人間の合理性には限界があって,バブルや破綻にいたることもよくあるのに,彼らにはそうした限界が見えなくなっていた.暴走する制度も見えず,市場には(とくに金融市場には)いろいろと不完全なところがあることも見えず,そうした不完全性によって経済のオペレーションシステムがいきなりクラッシュを起こすことだってあることがわからなくなっていた.規制当局が規制の有効性を信じないときに生じる危険も,見えなくなっていた.
いまとなっては,こういう言い方もごく普通だけれど,2009年当時には革命的だった――まして,業界外じゃなく経済学界の内部ではいっそう革命的だった.無名のブロガーがこういうことを言うのは別に意外でもなんでもない.でも,『ニューヨークタイムズ』という現存する最大のメディアの舞台で,経済学界でもとびきりの権威者の口からこんな発言が出てくるのを目の当たりにするなんて,びっくり仰天だったんだよ.経済学者のなかには,クルーグマンがこんなことを書いたのを憎んだ人たちもいた.でも,大半は,「クルーグマンの言うとおりだ」と認めたし,「あり方を正さなくちゃいけない」とも認めた.こう���てクルーグマンがドアを開いたことで,ポール・ローマーなど他のトップマクロ経済学者たちの多くも,専門分野に自分が抱いている不満点を表明できるようになった.
その後のマクロ経済学業界では,いろんな進展があった――財政ケインジアンの復活や,実証主義の台頭,行動科学的なアイディアの検討などなど.そうなった理由の一端は,間違いなく外的な出来事への対応にある.でも,おそらく,クルーグマンが『ニューヨークタイムズ』に書いたいろんな文章にもいくらかの原因があるはずだ.
学術業界の外では,2009年にクルーグマンが派手にやった批判をきっかけに,経済ブログの黄金時代が到来した.いわゆる「マクロ戦争」では,金融政策や財政政策,景気後退の原因が自由闊達に議論された(ちなみに,「マクロ戦争」の命名はぼくの発案だったかもしれない.少なくとも,それを広めたのはぼくだったかも?).そうした論争の扇動者や審判役をしていたクルーグマン以外の参加者に目を向けると,いろんな面々がいた――ブラッド・デロング,ジョン・コクラン,ス��ット・サムナー,ニック・ロウ,スティーヴ・ウィリアムソン,デイヴィッド・アンドルファット,マーク・ソーマ,それに,他にも大勢の利発な人たちがいた [n.2].マクロ経済学のそういう大きなパズルのどれかを解決できたかというと,ぼくにはわからない.ただ,1980年代以来ほぼ脚光を浴びていなかった基本アイディアに立ち戻ってそれらを生産的にたくさん再検討した.その過程で,経済学業界の外にいるふつうの人たちも,マクロ経済学のいろんな議論や理論について少し学ぶことになった.
マクロ戦争の勃発は,大不況への政策対応に影響するのには間に合わなかった(ただ,FRB の第三回量的緩和は,スコット・サムナーが論じた名目GDP目標のアイディアに少なくとも部分的に触発されていてもおかしくない).他方で,コロナウイルスが到来したとき,アメリカがすぐさま強力な政策対応をとったのは,かつて2011年から2012年に繰り広げられた論議におそらく影響されていたはずだ.2020年から2021年にかけて,アメリカは即座に政府のお金を洪水のように投入した.その結果,おそらく他の国々よりもずっと急速に景気が回復した(ついでに2021年には急激にインフレが進んだ).
2020年までに,アメリカのエリートたちはおおよそ次の2点を受け入れていた.
(A) 深刻な景気後退では,強力な需要増強政策対応が必要となる.
(B) 財政政策・金融政策の両方が重要だ.
これが通説になったのは,学術論文のおかげじゃない.大不況の経験があったからだ.ただ,それだけではなく,それ以前の時期に起きた結果や課題をクルーグマンや他のブロガーたちが論じたいろんな切り口によって形成されたところも大きいとぼくは思う.
こうした論争に,クルーグマンは必要不可欠だった.ひとつには,ややこしいアイディアをかみ砕いて,理解できる程度に単純化しつつ,実地に応用できる程度に勘所を省かずに保つ才覚が彼にはあったからだ.偉大な研究者であるのに加えて,クルーグマンは偉大な教育者でもある――妻のロビン・ウェルズと共著で出した経済学の入門教科書は,世界中でとびきり人気が高い.また,彼はその才覚を一般向けの文章にもたえず活かした.読者を侮る書き方をしたり,ノーベル賞経済学者としての権威を持ち出したりするところを,ぼくは一度も見たことがない.それに,学者仲間にしか理解できない難解な言葉遣いに逃げ込んだりもしなかった.
その逆に,クルーグマンはリチャード・ファインマンを見習っていた.「単純な言葉で説明できないなら,キミはその事柄を理解できていないんだよ.」 いつもクルーグマンがなにか説明するのを読むたびに,彼じしんが自分の思考をはっきりさせようと試みているように感じられる.
ぼくがとりわけ愉快に思った例を挙げよう.金の価値がしだいに上がっていくはずだとどうしてわかるのか,また,予想インフレ率が下がるとどうして金の価格が上がるはずだとわかるのかを,2011年にクルーグマンが説明している文章だ:
(そうだよ,午前4:30 にこれを書いてる.金の価格について考えていて,すっかり目が覚めてしまってね.それになにか問題でも?)
読者コメントやメールでよく指摘してくれてるように,もしも[大不況の]初期に金を買ってたら,いまごろ大もうけできてたはずだ.だとしたら,[インフレ率はすごく高くなるぞっていう]意見は,ある程度まで正当化されるんじゃないか?
実はそこをずっと考えてるんだよ――で,考えて出てきた答えに自分でびっくりしてる:金価格の高騰は,経済[がデフレ基調だという]筋書きにかなり整合してるかもしれない.
「へえ,金価格についてどう考えるの?」 まず,出発点は,Henderson & Salant (pdf) による分析だ.通貨危機に関する古いけど優れた分析で,ぼくが最初に出した良論文の着想は,実はここから来てる.(…)その仕組みは,次のとおり.
ひとつ想��してみよう.決まった量の金のストックがあって,時間経過とともにだんだん現実世界のいろんな用途でだんだん減っていくとする.歯科治療で金歯に使われたりとか.(…)さて,金歯になったりして消えていくその減少速度は――1年あたりのトン数でみた金のフロー需要は――その実質価格でちがってくる:

ここで大事なのは(…)「チョーク価格」があるって点だ.つまり,フロー需要がゼロになる価格がある.このあと見るように,この価格は価格の経路を固定するのに役立つ.
じゃあ,ある時点での金価格を決定するのは,なんだろう? ホテリングのモデルでは,枯渇しうる資源を保有し続けてもいいと考える人たちがいるのは,その資源の価格上昇で報われるからだと考える.保管コストを捨象すると,その資源の実質価格の上昇率は,実質金利と必ず同じになる.すると,価格の経路はこんな具合になる:

(…)さて,ここで疑問が浮かぶ.「最近起きたことで,この均衡経路に影響しそうなのはなんだろう? 答えは明らかだ:実質金利が劇的に下がった.(…)実質金利の低下は,ホテリング経路にどんな影響をもたらすと考えられるだろう? 答え――経路はより平坦になるはずだ:価格上昇がもっと小さくても,投資家たちには金を保有するインセンティブがはたらく.
でも,価格経路がより平坦になりつつもチョーク価格に到達するちょうどその時点で既存在庫が消費されつくすとすれば,より高い初期水準〔より高い実質価格〕から出発しないといけない.すると,経路の変化はこんな具合になるはずだ:

ここから,金の価格は短期的に急騰するはずだとわかる(…).ちょっと考えてもらえば,この論理はかなり直観的なはずだ:金利低下にともなって,いま金をため込んでその使用をさらに先に延ばす方が理にかなうようになる.すると,短期および近い将来に金の価格は上昇する.
でも,これが金価格に関する正しい筋書きだとしたら――あるいは,少なくとも正しい筋書きの一部だとしたら,金価格についてみんながあちこちで読んでることはなにもかも間違ってることになる.(…)
これは,インフレ予想の問題ではない.繰り返すよ,「ではない」.金価格の上昇は,深刻なインフレがすぐそこに迫っている兆しでないばかりか,実は流動性の罠にはまって経済が長期的な不況になっている結果だ――ようするに日本みたいなデフレの脅威に直面している結果なんだ.ワイマール時代みたいなものすごいインフレの脅威に直面している結果じゃない.つまり,「インフレがすぐそこに迫ってる」と信じて金を買った人たちは,間違った理由で正しい行動をとったわけだ.
金価格の筋書きは基本的に実質金利の問題だと考えると,別の含意が導かれる――つまり,いまこのときに金本位制をとっていたら,すごくデフレを促進するだろうって含意だ.金の実質価格は上昇「したがる」.もしも名目物価水準を金に連結させようとしたら,深刻なデフレを起こすしか実現するすべはない.
この短文は,本当に素晴らしい投稿だ.なにより,多くの人がかんたんに理解できることを取り上げている――金の価格だ.使っている経済モデルは単純で,経済学概論をとった人や,グラフの読み方がわかる人なら,だれでもそんなに苦労せずに理解できる.クルーグマンは,読者の知性を甘く見ていない――躊躇わずにグラフを1つや3つ貼っているし,「チョーク価格」みたいな用語も使っている.それでいて,モデルをぐんとかみくだいて,めちゃ単純なグラフと簡素な短い文章でみんながわかるように書いている.
それなのに,クルーグマンが示しているモデルでは,金融資産価格と現実経済の両方について,本物の予測が立てられる.そのモデルによれば,金価格の上昇は,インフレをうまく予想しない.この予測は,現実で裏付けられた――2004年~2008年にかけて金価格が上がったあとにインフレ率は上がらず,金価格が低迷したあとの2021年~2022年にはインフレ率がぐんぐん上がった.また,クルーグマンのモデルによれば,金の価格は金利と逆方向に動くはずだと予測される.この予測は2010年代を通して的中していたものの,2022年から現在までの利上げ期間には予測どおりにならなかった.だから,金の価格を完全に予測する理論があるわけじゃない.でも,クルーグマンのささやかなトイ・モデルはかなり上出来だった.
クルーグマンの傑作コラムはたくさんある.でも,この知る人ぞ知るたぐいのささやかな試みこそが,ぼくにとってはなによりお気に入りかもしれない.
クルーグマンの説明力の示す最重要かついちばん有名な事例といえば,もちろん,あの「経済を子守りしてみると」の記事だ〔日本語版〕.1998年に『スレート』に掲載されたこの記事では,子守り協同組合が十分にたくさんのクーポンを配らなくて失敗する例を使って,流動性資産の不足から需要サイドの景気後退がどう生じて,金融緩和が実体経済を刺激できる理由を説明している.クルーグマンがこういうアイディアを公開しつつ考えていた時期は,リーマンブラザーズ破綻の10年前だってことに留意してほしい:
たとえば、アメリカの株式市場が大暴落して、消費者不安を引き起こしたとしよう。これは壊滅的な不景気が避けられないってことかな? こう考えてみたらどうだろう。消費者不安が広まるというのは、この協同組合の平均的なメンバーがいままでほど外出したがらなくなったってことだ。万一に備えて、クーポンをため込みたいなと考えるようになったのと同じことだ。これは確かに、不況につながりかねない――でも、組合本部がすばやく動いて、あっさりクーポンをもっと発行すれば、不況にならないですむわけだ。1987年に、われらがクーポン発行主任アラン・グリーンスパンがやったのは、まさにこれだった――そしておそらくかれは、こんどそういうことが起きたときにも、同じことをするだろう。だから最初に言ったよね。危機に直面しても、この子守り協同組合のお話のおかげで落ち着いていられるって。〔※こちらの翻訳から引用〕
この一般的なアイディアは――総需要が重要だってアイディアは――,クルーグマンがこれまで世間の意識に注入したいろんなアイディアのなかでも最重要になった.クルーグマンが学者として専門に研究した分野は,���はケインジアン・マクロ経済学じゃない――貿易・地理・都市化・開発といった他の主題だ [n.3].でも,90年代後半という昔に,クルーグマンは日本のバブル崩壊と「失われた10年」に着目して,そこで何が起きたのかを考えていた〔日本語版〕.クルーグマンの答えはこれだった.「日本は流動性の罠にはまっている.」 流動性の罠とは,名目金利がゼロまで下がって伝統的な金融政策が効力を失うときに起きる長期的な総需要不足のことだ.[n.4]
〔2008年金融危機に続く〕大不況にアメリカが見舞われたとき,そこで展開しているのがすごく類似した状況だとクルーグマンにはわかった.金融危機によって需要不足が起こり,金利がゼロ下限に達してもう下げる余地がなくなってしまった.そこで,クルーグマンは大規模な財政刺激と量的緩和によって需要をあるべき水準にもどすよう提唱した.その正当化に用いられたのは,古典的ケインジアンモデルと新しいケインジアン・モデルの両方だった [n.5].この提唱は,大勢の人たちの抵抗にあった――インフレを恐れる金融引き締め論者,財政支出が永続化するのを恐れる保守派,そもそも景気後退に対処するには及ばないという正統派経済理論家,財政政策に懐疑的なマネタリストなどなど.
クルーグマンは,そうした人たちの反論にひとつひとつ,毎日立ち向かっていった.かつて,こんな冗談を言ったことがある.「クルーグマンは,まるで80年代アニメのロボット「ボルトロン」みたいだね.いつも週替わりで新しい敵と渡り合ってる――今週は金本位制支持者,次週はオーストリア学派,その次は古典派経済学者,それからリバタリアン,そして次の週には各種の金本位制支持者って調子で戦い続けて,案の定,毎回勝っちゃうんだ.」 実は,ハミルトン大学の学生たちが出した研究論文では評論家たちの予測を検証して,並み居る面々のなかでクルーグマンが誰よりも正確だったのを見出している:

クルグトロン,いやクルーグマンに言わせると,彼がこうした論争で成功した理由は,論敵たちが自分たちの保守政治によって眼を曇らせていたことにあるそうだ.ぼくの推測では,1990年代の日本をモデルに使ったことでクルーグマンは恩恵を受けたと思う.ただ,大不況みたいな状況では総需要が重要だってことをクルーグマンが認識していたのが肝心なところだと思う.
評論家としてのクルーグマンのすごい強みは他にもある.それは,開かれた態度と頭脳の柔軟性だ.2010年代前半に,クルーグマンは総需要と財政刺激策のアイディアを繰り返し訴えていた.でも,2020年序盤にコロナウイルスが到来すると,いまアメリカが直面しているショックはいままでとまるっきり種類がちがうと正しく認識した.2020年5月に『ブルームバーグ』でクルーグマンにインタビューしたとき,彼はこう言った――大不況のときよりもずっと素早く経済は立ち直るはずだ.インタビューでの発言をちょっと抜粋しよう:
今回の危機では,総需要と総供給の枠組みはうまく機能しないね.(…)いま起きてるのは,人間どうしの接触が多い活動でコロナウイルスが広まっちゃうと考えて,経済の一部で供給と需要の両方を遮断してるわけだよね.すると,標準的なマクロのモデルを引っ張り出してくるわけにはいかない.
ただ(…)今回の危機はこれまでみたどんなこととも大違いだけど,ぼくの感覚だと,経済はうまく操舵できてると思う.とくに,経済刺激策とか減税みたいな伝統的な対応が今回はふさわしくない理由や,セーフティネット問題に注力すべき理由もわかる程度には,ぼくらには十分な知識がある(…)
ぼくの考えだと,コロナウイルス不況は,2007年~2009年よりも1979年~1982年に近い.今回の原因は,正すのに何年もかかる不均衡ではないよね.だから,ひとたびコロナウイルスが抑え込まれたら景気回復は迅速だろうと見通しが立つ.(…)いま,何年も続く恐慌を示す根拠は見当たらない.今回の不況もこの前のと似たようなものだろうと予想してる人たちは,もう終わった戦争を戦おうとしてるように見えるね.
こういう頭脳の柔軟性と客観的分析は,評論家界隈では本当に滅多に見られない.学術的な経済学でも,みんなが思うほどには多くないかもしれない.だから,新しい危機を迎えて,クルーグマンが従来の分析枠組みを放り投げて,研究文献からもっとふさわしいモデルを見つけ出してまるっきり前とちがう提案と予測をしてみせたのは,ホントにすごいことだったんだ.
もちろん,クルーグマンがいつでも正しかったわけじゃない [n.6].2021年に,クルーグマンはこう予測した――パンデミック後のインフレは供給側の一時的混乱に起因してる部分が大半で,財政政策・金融政策による部分はそんなに大きくない.ところが,インフレはなかなか収まらなかった.それを見て,クルーグマンは間違いを認めた.皮肉にも,2009年に財政政策の重要性を軽く見ていると彼が批判していたオリヴィエ・ブランシャールが,今回は単純なケインジアン乗数効果とフィリップス曲線を用いて,バイデンのコロナウイルス救援法から大きなインフレ効果が生じると予測した.大不況の時期にクルーグマンがたえず頼っていたタイプの標準的な古典的ケインジアン・モデルが,やっぱり有効だったんだ.
ひっくるめて言うと,世間の人たちが触れる経済学に,ポール・クルーグマンはどんな影響をもたらしたんだろう? タイラー・コーエンとともに,クルーグマンは経済学ブログ活動のあるべき姿を定めた――他のぼくらは,おおむね,彼が先駆けてやってみせたやり方を踏襲しているにすぎない.クルーグマンは,経済学業界の内でも外でも,見事にケインジアン・マクロ経済学を再導入して普及させてみせた.それに,多岐にわたる興味深い経済理論や実証的な研究結果について世間の人たちを啓発した.コーエンの評価を引用するなら,クルーグマンは――世間の人たちに見えるクルーグマンは――現代版のミルトン・フリードマンにいちばん近い存在だった.
ただ,フリードマンとちがって,クルーグマンは自分の全体的な世界観を一貫したパラダイムに統合しなかった.フリードマンの世界観には,マネタリストのマクロ経済学と,新古典派ミクロ経済学と,リバタリアンの価値観と政治と,政治経済のいろんな考えが取り込まれている――それらがひとまとまりになってパラダイムをつくっている.そのパラダイムが,ロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーや,もしかすると鄧小平,ひいては〔アルゼンチン大統領の〕ハビエル・ミレイみたいな現代の指導者たちさえもがとった経済アプローチに深く影響を及ぼした.
それと対照的に,クルーグマンは彼ならではの世界全体を包括するパラダイムをつくりださなかった.自分が政治的に左寄りなのはあけすけにしてるし,民主党支持は揺るぎない.かつてのウォール街占拠運動では,「クルーグマンの尖兵」と書かれた看板を掲げた参加者が少なくとも一人いた.でも,彼の経済論はいつも興味を抱いた個別の主題に関心を集中させていて,包括的な枠組みを構築しようとするものではなかった.クルーグマンによるケインジアン経済学の提唱だって,かなり狭く限定されていた.
クルーグマンが持ち合わせていた弁舌の技量,専門分野での卓越した知見,イデオロギー上の信頼性をもってすれば,新しい進歩派の政治経済パラダイムをつくりだすこともできた――フリードマンと彼の同時代人たちがつくりだした「ネオリベラリズム」への完全な答えとなるパラダイムをつくることもできたはずだ.でも,その道は選ばずに,その課題はジョゼフ・スティグリッツ,ジェイムズ・K・ガルブレイス,ロバート・ライシュといった人たちに任せた.クルーグマンが信じている個別のあれこれの事柄なら山ほど挙げられるけれど,「クルーグマン主義」ってどんなものかを語るのは無理だ.
ぼくの考えでは,それこそ大いにクルーグマンの功績とすべきだ.首尾一貫した政治経済的な世界観は,創り出した当人たちの手の中にあるときは強力なツールだけれど,他の人たちが応用しだすとすぐさま柔軟性をなくしてイデオロギー��拘束衣に変わってしまう.そして,どんなイデオロギーも,最終的にはいきすぎてしまう.フリードマン主義の欠陥はよく知られているから,ここであらためて語りはしない.それに,スティグリッツのような人たちがつくりあげた進歩的な代替案には早くもヒビ割れが見えはじめている〔日本語版〕.
クルーグマンが経済を論じる文章でとってきたいろんなアプローチのなかで,これこそがぼくの模倣したいやつだ.評論は,科学じゃない.でも,科学から借用して恩恵がえられるアプローチはあるとぼくは信じてる.その筆頭は,リチャード・ファインマンが「疑う自由」と呼んだものだ――イデオロギーじゃなくてどこまでも好奇心を主要ツールに使って真実を探求するやり方を大事にするんだ.ポール・クルーグマンが午前 4:30 に目を覚まして金の価格についての投稿を書いたのは,好奇心がわいたからだ.みんなが認識し始めるのより10年も前に流動性の罠と総需要の重要性について考えるにいたったのも,好奇心に導かれたからだ.クルーグマンにとっては,いつでもいろんなアイディアが最優先だった.彼のあとをつぐのがこんなにも難しい最大の理由は,きっとそこにある.
原註
[n.1] ここでは,アセモグルやチェティをとやかく言うつもりはない.彼らを神のように扱う階層制度を創出したり強化したりしているのは,彼らじゃない.
[n.2] そうした論争は,ときにすごく激しくなることもあったけれど,最終的には,ぼくらはみんな友人になった.いや,まあ,「ほぼみんな」かな.ジョン・コクランとデロング/クルーグマンの間にはまだいくらか確執が残ってるかもしれない.
[n.3] そのうち,クルーグマンの学術研究について総ざらいした記事も書くつもりだ.
[n.4] 日本がこの流動性の罠から脱出する方法についてクルーグマンが考えた3つのアイディア,「構造改革,財政拡大,非伝統的金融政策」は,15年後にアベノミクスの「三本の矢」になった.日本の経済学者たちもクルーグマンを読んだわけだね! 実際,非伝統的な金融政策がこれまででいちばん効果的だろうというクルーグマンの評価は,まさしく正しかった.
[n.5] クルーグマンは,ガウティ・エガートソンと共著で,流動性の罠にはまっている経済のニューケインジアン・モデルもつくった.その論文では,この経済には興味深く直感に反する特徴がいくつも備わるだろうことが示された.
[n.6] クルーグマンの最大の間違いは何かと聞かれて,大半の人はきっと 1998年の文章を挙げるはずだ〔日本語版〕.その文章で,彼はこう書いている.「2005年かそこらになれば,インターネットが経済に与える影響はファックス程度でしかなかったことがはっきりする.」 もちろん,インターネット全体に当てはめれば,これは間違いだった.Eコマース,電子ビジネスコミュニケーション,サプライチェーン管理は,世界中で経済成長に巨大な恩恵をもたらしている.でも,インターネットの社交的な要素について考えてみると――この引用文の段落で彼が語ってるのはそっちのように思える――それが経済に大きな生産性ブーストをもたらしたかどうかは,大いに疑問だ.引用文でクルーグマンが指している2005年ごろ,先進諸国の生産性成長は劇的に減速して,低調なまま推移した.同時期に,ソーシャルメディア・ビジネスが拡大していたにもかかわらずだ.注意深く分析してみると,各種の無料インターネット・サービスが消費者にもたらした利益は〔GDPなどの統計で〕計測されないと言っても,このパズルについて多くを――あるいはなにも――説明できないことが示されている.だから,1998年の引用文はたびたび彼を揶揄するネタにされているにも関わらず,結局はクルーグマンが最後に笑うオチになってしまったわけだ.
[Noah Smith, "How Paul Krugman changed the public face of economics," Noahpinion, December 11, 2024; translated by optical_frog]