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元景略

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

元 景略(げん けいりゃく、470年[1] - 516年)は、北魏皇族。楽陵恵王。世彦[2]

経歴

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楽陵王元思誉の子として生まれた。宣武帝のとき、楽陵王の封を嗣いだ。永平年間、驍騎将軍の位を受けた。延昌末年、持節・冠軍将軍・豳州刺史[3]に任じられた。516年熙平元年)9月24日、死去した。享年は47[4]。冠軍将軍・豫州刺史の位を追贈された。は恵王といった。

妻子

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伝記資料

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  • 魏書』巻19下 列伝第7下
  • 北史』巻18 列伝第6
  • 魏故持節督幽豫二州諸軍事冠軍将軍豫州刺史楽陵王元君墓誌銘(元彦墓誌)
  • 魏元氏故蘭夫人墓誌銘(蘭将墓誌)

脚注

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  1. ^ 元彦墓誌の記述による逆算。景略の妻の蘭将が墓誌の記述により478年生まれと考えられ、「年十二」で元氏に嬪いだとされることからも、景略の470年生まれは大きく外れてはいないと考えられる。生年についての問題は、景略の父の元思誉の記事の脚注も参照のこと。
  2. ^ 正史の記述による。墓誌によると、諱は彦、字は景略とする。
  3. ^ 墓誌による。
  4. ^ 元彦墓誌の享年の記述は「厥齢四七」とする。