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北上川河川歴史公園

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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北上川河川歴史公園
Kitakamigawa Kasen Rekishi Park
北上川~旧北上川 脇谷水門
北上川〜旧北上川 脇谷水門
分類 歴史公園
所在地
宮城県登米市豊里町中谷岐
座標 北緯38度36分15.22秒 東経141度17分30.62秒 / 北緯38.6042278度 東経141.2918389度 / 38.6042278; 141.2918389座標: 北緯38度36分15.22秒 東経141度17分30.62秒 / 北緯38.6042278度 東経141.2918389度 / 38.6042278; 141.2918389
面積 3.4ha
開園 2010年10月
運営者 登米市
設備・遊具 せせらぎ水路、展望台、芝生広場、自然体験広場
駐車場 無料
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北上川河川歴史公園(きたかみがわかせんれきしこうえん)は、宮城県登米市にある、北上川と旧北上川の分流する地点の中州に設置された歴史公園[1]

概要

本園は、登米市と石巻市の市境に位置し、北上川と旧北上川が分流する人工的な中州にある公園で、北上川の治水歴史が学べる。北上川と旧北上川の分流地点には、建設時期に70年以上の隔たりがある新旧2組の洗堰水門が共存している。明治43年の8月・9月、全国で大水害が発生。北上川流域も同様で、迫川や旧北上川沿川地域の水害による被害を軽くするために、明治政府明治44年から昭和9年にかけて、新しい北上川を柳津から飯野川まで12km開削することと決定。北上川の水の大半を拡幅した追波川を経由して追波湾に流すことにした。これが新北上川である。これにより、旧北上川の水量は旧北上川分流施設(鴇波洗堰・脇谷洗堰)で、調節(新北上川の方が多く、旧北上川の方が少なく)可能になった。鴇波洗堰と脇谷洗堰の間には鴇波締切堤762mを築いた。この締切堤防のところが現在の北上川河川歴史公園となっている。鴇波締切堤と脇谷閘門は昭和6年、鴇波洗堰と脇谷洗堰は昭和7年に完成、鴇波水門と脇谷水門は後になって造られた。北側にはJR東日本気仙沼線の線路や鉄橋、西側に三陸沿岸道路やその橋梁、南側に県道61号線、東側に国道342号線が走っている。公園には全体が見渡せる展望台を設置し、北側では、鴇波洗堰(カラバット)の様子が、南側では脇谷洗堰・閘門の様子など歴史的建造物が見学できる[2]。津山側入口より進入し、展望広場脇の駐車場が無料で利用可能だが、豊里側への通り抜けは出来ない。(2015年5月現在は、通り抜け可能)また、増水時には、ほぼ鴇波締切堤の上を走るアスファルト通路より低い北上川本流側は、水没することもある。そのためか、植栽に木はほとんど用いられていない。

沿革

  • 2004年(平成16年) - 脇谷閘門や鴇波洗堰を含む「北上川分流施設群」が土木学会推奨土木遺産に選定された。
  • 2010年(平成22年) - 開園
  • 2011年(平成23年) - 東日本大震災の時には、通行不能となった旧北上川の豊里大橋バイパス的役割を担うなどとして、一時的に豊里側に通り抜け可能とした。

施設や見所

アクセス

引用

  • 日経コンストラクション 2011年4月11日号 66〜71ページ

脚注

  1. ^ 宮城県観光連盟. “脇谷閘門にできた 北上川河川歴史公園”. 2015年2月27日閲覧。
  2. ^ 北上川下流河川事務所. “脇谷洗堰・閘門、鴇波洗堰”. 2015年2月28日閲覧。
  3. ^ 登米市. “自然に触れる”. 2015年2月27日閲覧。

外部リンク