駒木台
駒木台(こまぎだい)は、千葉県流山市の大字。郵便番号は270-0113[2]。
駒木台 | |
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駒木台 | |
北緯35度53分46.86秒 東経139度55分41.15秒 / 北緯35.8963500度 東経139.9280972度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 千葉県 |
市町村 | 流山市 |
人口 | |
• 合計 | 2,456人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
270-0113[2] |
市外局番 | 04[3] |
ナンバープレート | 野田 |
地理
編集流山市中部に位置し、東は柏市柏の葉・十余二、西は柏市西原、南は美田・西柏台、北は青田と接している。北部を常磐自動車道が通る。また、八木郵便局が設置されている。
小字
編集駒木台には9の小字が存在する。ここでは北から順に列挙する。
- 中ノ台(1971年(昭和46年)に大字十太夫新田字中ノ台より一部を駒木台に編入、同日に大字青田に一部を編入)
- 丸山
- 橋戸
- 中坪
- 篠堤
- 南台西
- 南台中
- 南台東
- 榎戸(1971年(昭和46年)に大字十太夫新田字榎戸より一部を���木台に編入)
歴史
編集地名の由来
編集由来と考えられている説はいくつかあるが、どれが正確なものであるかははっきりしていない。説は2つ存在する[要出典]。
- かつては「古牧」であり、駒木と変化した。
- 源義家が奥州征討時に当地にある諏訪神社の木に馬(駒)をつないだことから駒木とされた。
沿革
編集- 1869年(明治2年) 葛飾県葛飾郡駒木新田となる。
- 1871年(明治4年) 廃藩置県により印旛県葛飾郡駒木新田となる。
- 1873年(明治6年) 県の統合及び、郡の分割により千葉県東葛飾郡駒木新田となる。
- 1889年(明治22年) 東葛飾郡思井村、芝崎村、前平井村、後平井村、古間木村、長崎村、中村、名都借村、野々下村、前ヶ崎村、向小金新田、大畔新田、市野谷村、十太夫新田、駒木村、青田新田、初石新田と合併し、東葛飾郡八木村大字駒木新田となる。
- 1951年(昭和26年)4月1日 流山町、新川村と合併し、東葛飾郡江戸川町大字駒木新田となる。
- 1952年(昭和27年)1月1日 江戸川町が流山町に改称。東葛飾郡流山町大字駒木新田となる。
- 1967年(昭和42年)1月1日 市制施行により、流山市大字駒木新田となる。
- 1971年(昭和46年)5月 大字駒木新田の大部分、大字十太夫新田の一部より大字駒木台を新設する。
大字の変遷
編集実施後 | 実施年月日 | 実施前(各大字ともその一部) |
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駒木台 | 1971年5月 | 駒木新田字中ノ台・字丸山・字橋戸・字中坪・字篠堤・字南台西・字南台中・字南台東、十太夫新田字中ノ台・字榎戸 |
世帯数と人口
編集2017年(平成29年)11月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
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駒木台 | 1,075世帯 | 2,456人 |
小・中学校の学区
編集市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4][5]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
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全域 | 流山市立八木北小学校 | 流山市立常盤松中学校 |
駒木台3号公園向かいに「西原小学校」があるが、柏市立小学校の為、通学は不可。
施設
編集- 柏の葉北総病院
- 駒木台クリニック
- 八木郵便局 - 駒木台字南台中
- 八幡神社 - 駒木台字南台中
- 法栄寺 - 駒木台字南台西
脚注
編集- ^ a b “町丁字別・男女別人口(世帯数含む) 【各月1日】”. 流山市 (2017年11月2日). 2017年11月28日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月28日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月28日閲覧。
- ^ “流山市立小学校通学区域 地番別”. 流山市 (2017年9月15日). 2017年11月28日閲覧。
- ^ “流山市立中学校通学区域 地番別”. 流山市 (2017年9月15日). 2017年11月28日閲覧。