織田 一之(おだ かずゆき)は、江戸時代前期の旗本。通称は左助、藤十郎。
旗本織田高重の長男として誕生した。生母は能勢頼次の四女。
寛文元年(1661年)12月10日、家督を相続する。寄合に所属する。貞享4年(1687年)7月10日に隠居し、長男の信門に家督を譲る。以後、淡水と号する。
元禄8年(1695年)6月12日、死去。享年60。墓地は深川の要津寺にある。
子女は2男。