無償教育
無償教育(free education)とは、主に国公立高校・大学といった特定の教育機関全体または、成績優秀な層に対し、授業料を取らない教育である。基本的に財源は集めた税金による政府支出(税金による全額負担)で賄われている[1][2][3][4][5]。
主に大学や専門学校など義務教育以降の高等教育に関しては、多くの国では公立でも無償教育対象外となっている。先進国の中でも欧州のように「大学」が国公立だけ、または私立大学数や国内の大学総数自体が少なく、大学進学難度や卒業難易度が高い国では、大学入学者選抜試験の優秀成績獲得者らは国家のエリート層であるとして大学進学許可と無償化の対象となっている傾向にある[2][3]。無償化の費用は、税金で補填することになるため、公立教育機関における義務教育以降の「高等教育無償化」には「高等教育の税金化」「無駄遣い」だと批判がある[6]。他にも州立大学しか大学がないが大学授業料無償とされてきたドイツでは、財政赤字問題から全州有償化や一部州立大学有償化など二転三転している[7]。女性の4年制大学進学率と生涯未婚率は正比例関係にあるため[8]、大学無償化すると合計特殊出生率を急激に下げていってしまうデメリットもある[9]。
一部無償化国
編集日本
編集日本では、成績優秀者らには合格した大学または日本学生支援機構から一部また全額の給付型奨学金がされてきた。全額給付の場合は、事実上大学学費は無償である[10][11]。給付型奨学金だけでなく、無利子貸与型奨学金である第一種奨学金を貰う場合も、高等学校のGPAが3.5以上である必要がある[12]。
高校無償化
編集池田信夫は高校無償化について、東京都の導入した年収910万円未満世帯への例に触れ、公立高校と私立高校の区別はなくし、財政的に余裕がある東京都が周囲の県からも学生を奪うと批判し、流出防止に全国的に無償化せざるおえなくなる「バラマキ教育」競争になると主張している[4]。
大学無償化制度の改革案
編集2020年から施行された日本の大学無償化制度は「住民税非課税世帯及びそれに準ずる世帯の学生であること」「学ぶ意欲がある学生であること」という収入要件さえ満たせば評定平均値3.5未満という優秀ではない学生も対象となる制度であることには批判がある。「評定平均値が3.5未満の生徒」でも入れるFラン大学や専門学校を助けることになっている。そして、ジャーナリストの澤田晃宏によると、Fラン大学卒では、在学4年間の放棄所得約1000万円を取り戻せないと指摘されている。高卒就職なら正社員だったのに、入学難度と奨学金延滞率は反比例となるので、Fラン大卒では苦労することになる[13]。
日本では大学、特に私立大学と低レベル公立大学が多すぎであり、他の大学無償化国家レベルにまで私立大学数激減、又は学位授与権を入学難易度トップレベルの大学のみに制限したり、私立大学を中心に入学難易度が高くない高等教育機関への助成や税金投入を0にし、それで浮いた公金で同年代成績トップ層である、国立大学や一部の入学難易度の高い公立大学の入学者のみ無償化にすべきという指摘がある[14]。
日本では1990年頃から「大学に行かなければいい仕事に就けない」という考え方の蔓延が、大学進学以外の選択肢を見えなくさせてきた。Fラン校は、このようなただ大学進学したいという学生側の志向と、大学無償化制度や「修学支援制度」に活路を見出している。だが、学力が高くなく、漫然と「入れる大学」に進学した学生は、自身が高卒であった場合よりも奨学金返済というマイナスからのスタートとなっている[15]。そもそも大学入学難易度と大企業入社難易度では後者のほうが難しく、早慶大合格者でさえも大企業に入るのは難しい。例として、2013年度には慶應生でさえも東証一部上場企業41.1%、東証二部上場企業0.5%と卒業生のうち41.6%しか大企業に就職出来ない[16]。
授業料無償化は学生側だけにではなく、経営者によるモラルハザードも起きる[17][18]。ひろゆきは成績優秀な人向けの大学無償化自体へ賛成だが、Fランク大学やレジャー大学への税金投入は反対と述べている。勉強しなくても卒業出来る大学への支援は、教育以外の魅力で学生勧誘したり、留学生で学生数を埋めようとする大学など補助金ビジネスが発生するとのデメリット、そもそも日本は大学数が多過ぎると語っている。共通テストの上位30%など成績上位者のみを大学進学可能として、彼らへ無償化クーポンを支給する改革案を提案している[19]。
ドイツ
編集ドイツでは10歳時(小学校5年生)に、エリートコース、専門職コース、就職コースといった義務教育後の進学可能範囲が決定される。成績が良い順に、大学進学が許可されるのはギムナジウム、専門学校や職業学校コースはレアールシューレ、義務教育後は就職や職業訓練コースはミッテルシューレとなっている[20]。ギムナジウムでは、4年生の通信簿が5段階でオール1or2以上を取っており、合格後も成績が悪い際には留年や降格がある。そのため、6-7割しか卒業出来ない。次に人気なゲザムトシューレでは卒業時の成績優秀者は大学進学のコースへ昇格出来る[21]。
連邦国家であるドイツには国立大学がなく、大学生の96%が通う州立大学が実質的な国立大学のような扱いである。アビトゥーア試験で州立大学に入学許可された者の授業料は2州を除きほぼ無償化されているものの、個々の大学が固有の入試を課さないため、試験合格者は居住州の大学に進学する。これらのため、大学間に差や特色が無いこと、財政赤字などの問題がある[22][23][7]。ドイツは国内の大学の大半を占める公立大学の、授業料は原則として無料だった。しかし、2000年代に大学運営を担う州政府が、老朽化した建物や設備の改善、教職員確保のための有償化を求めた。そして、2005年から州の裁量による公立大学有償化が認められ、全大学のうち約70%で1000~1300ユーロ(約13万~17万円)の年間学費として徴収していた。しかし、2013年には無償化要求で2州以外では再び無償化されたことで、財政による問題が代わりに復活した[7]。
無償化国と各国進学条件
編集後述のように、基本的に無償化国は国内に大学数も少ない上に、学位授与権が国公立大だけしかなかったり、大学へ入学出来る学生を成績上位者のみに制限している。
デンマーク
編集デンマークには、私立大学が存在せず、国公立大学合格者は無償教育対象となっている。その代わりに「政府が力を入れている学問」を学ぶことが定められており、リベラルアーツなど卒業後に企業からの採用需要のない文系分野は大学進学枠数が絞られている。高校3年次の高校卒業認定試験の成績が大学合格レベルを満たしていた際のみ、入学許可が下りる仕組みになっている。成績不足だったが、大学進学したい人の浪人期間は、日本のように勉強専念ではなく、翌年の申請許可の申請時までに「様々な実務経験」を積んでいることを要求される[3]。18歳以上の学生または18歳未満で高等教育を受けている学生に対して[24]、毎月の給付金である"Statens Uddannelsesstøtte"(または"SU"、国の教育手当)を支給している。[25]デンマークにおける学士と修士号の課程は、その課程や大学によってデンマーク語または英語で提供されている[26]。
フランス
編集フランスでは「私立大学」は学位授与権が認められていない。つまり、フランスの「大学」には公立大学しか存在しない。その代わりに入学金と授業料がなく、大学無償化されている。2016年時点では、1つの学位・免状を取得する場合、学士課程に係る年間学籍登録料として184ユーロ(約2万3,000円)、健康保険料として215ユーロ(約2万6,000円)だけ納付する[27]。フランスには公立大学83校がある。他にもエリート養成機関グランゼコールにも公立が存在するが、こちらは無償化されてない。フランスで、大学教育機関に通っている220万人の学生のうち80%が公立大学の学生である[28]。日本とは異なり、フランスでは大学の卒業難易度が高く、学士課程に入学者の中で、規定された3年間で課程修了率は僅か27%、1留(4年間で修了)12%、残り59%は5年以上で修了または退学となっている[29]。
ノルウェー
編集ノルウェーでは国公立の大学のみ無償化されている。7校の大学(国立のみ。Universitet)がある。 北欧の中で唯一EU圏外から留学生に学費無償を継続していたノルウェーだったが、2023年からEU圏外民からは学費を請求する制度を導入した[30]。
2018年時点でノルウェー国立オスロ大学に入学出来たノルウェー人には、600クローネ(8000円弱)の小額の学期納付金を除き、授業料はかからない[31]。
2023年から「EU圏外民からの入学者」には学費請求制度を導入したが、人文・社会学学部系・経済学系・政治学系の学士には年間NOK130,000(約168万円)、法学部・自然科学系学士:年間NOK160,000(約206万円)、人文社会学学部系・教育学部系修士:年間でNOK180,000(約231万円)自然科学系・科学技術系(工学系)修士:年間NOK260,000(約334万円)と年間授業料が0から跳ね上がった[32]。
エストニア
編集北ヨーロッパのエストニアには6つの国立大学と1つの私立大学(Estonian Business School)がある。2013年から自国民の国立大学入学者には授業料無償化を始めた[33]。
スウェーデン
編集スウェーデンでは21世紀初頭まで、自国民入学者だけでなく、外国人学生も無償教育対象を定めていたが、欧州連合圏外からの留学生には学費請求する制度へ変更された[33]。スウェーデンは私立大学も無償化されているが、国内の私立大学は、ウプサラのヨハンネルンド神学校、ヨーテボリのチャルマース工科大学、ストックホルム商科大学、ヨンショーピング大学、エルスタ・スケンダル・ブレッケ大学、ソフィアヘメット大学、ストックホルム神学校の7校のみである。
チリ
編集チリでは2008年に大学無償化が開始されて以来、合計特殊出生率が下がり続けている。2024年の国連人口部によると、チリの出生率はイタリア、日本、スペインなどの先進国よりも低くなった。社会学者マルティナ・ヨポは、チリ社会における人口再生産の変化について、「非常に急速かつ突然だ。」と語り、ヨーロッパでは数十年かかった合計特殊出生率の低い値が、チリでは10年から20年だけという短期間で起こったと嘆いた。過去10年間で出生数は29パーセントも減少し、2024年時点では南北アメリカ大陸で最も出生率の低い国となった。経済学者のホルヘ・ベリオスは、チリにおける出生率の低下について、高齢者が多くなることでチリ人は老後も働き続けなければならなくなるだろうと述べた。チリ生殖医学会会長アニバル・スカレラは、チリにおける短期間での合計特殊出生率の急激な低下について、「これは緊急事態であり、健康危機だ。経済的、社会的、倫理的観点から、これより重要なことはほとんど考えられない」とと語った[9]。
脚注
編集- ^ “Public Higher Education Should Be Universal and Free”. 2017年4月30日閲覧。
- ^ a b 2030年中国ビジネスの未来地図: 9億人新市場が誕生する日 - p190,チョウイーリン,2023
- ^ a b c “「幸せな国」の学びのカタチ ~ デンマークの大学事情”. 読売新聞教育ネットワーク. 2023年11月30日閲覧。
- ^ a b “高校無償化で「バラマキ教育」の競争が始まる 子供を食い物にするポピュリズムは「いつか来た道」”. JBpress(日本ビジネスプレス). 2023年11月30日閲覧。
- ^ “教育費無償化への税金投入が実は「不公平」で「非効率」な理由、子どもたちに害悪まき散らす恐れ”. ダイヤモンド・オンライン (2024年3月22日). 2024年10月3日閲覧。
- ^ 武田邦彦の科学的人生論: ホンマでっか!?p89 ,武田邦彦 , 2017
- ^ a b c “無料から有料、そして無料へ――ドイツの大学授業料が二転三転”. PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) (2013年11月16日). 2023年11月30日閲覧。
- ^ “100年続いた日本の皆婚時代の終焉。女性の大学進学率と生涯未婚率との奇妙な一致(荒川和久) - エキスパート”. Yahoo!ニュース. 2024年10月3日閲覧。
- ^ a b “Chile birth rate plummets as women say no to motherhood” (英語). France 24 (2024年9月18日). 2024年10月3日閲覧。
- ^ “給付奨学金の学力基準”. www.jasso.go.jp. 2024年10月3日閲覧。
- ^ “「給付」の全国の給付型の奨学金制度がある大学一覧 (566校)|進学情報なら進路ナビ”. shinronavi.com. 2024年10月3日閲覧。
- ^ “奨学金は成績が悪いともらえない?奨学金がもらえる成績の基準を紹介!”. マネーキャリア. 2024年10月3日閲覧。
- ^ “大学無償化制度利用でのFラン大進学、「高卒で就職より1000万円損」の訳”. 東洋経済education×ICT (2023年9月2日). 2024年10月3日閲覧。
- ^ 文部科学省は解体せよp16, 有元秀文, 2017
- ^ “大学無償化制度利用でのFラン大進学、「高卒で就職より1000万円損」の訳”. 東洋経済education×ICT (2023年9月2日). 2023年11月30日閲覧。
- ^ “慶應生でも上場企業に入社できるのは半分もいないという事実”. 就職活動支援サイトunistyle. 2024年10月3日閲覧。
- ^ 小藤康夫「大学の授業料無償化とモラルハザード」『専修商学論集』第109巻、専修大学学会、2019年7月、51-59頁、CRID 1390290699803164544、doi:10.34360/00010221、ISSN 03865819。
- ^ “教育無償化 真の争点”. 東洋経済オンライン (2017年4月22日). 2023年12月1日閲覧。
- ^ “「Fランク大学の無償化は税金の無駄」ひろゆきが共通テスト高得点者の学費をタダにすればいいと考えるワケ どんなランクでも大学には行ったほうがいい”. PRESIDENT Online(プレジデントオンライン). 2024年10月3日閲覧。
- ^ “ドイツの学校システムの解説:10歳で進路が決まるって本当? - キャリアコネクションズ Career Connections” (英語). www.career-connections.eu. 2024年10月3日閲覧。
- ^ “10歳で将来の分かれ道?!ドイツの教育システム|理夢|ナレッジワールドネットワーク|アクティビティ|ナレッジキャピタル”. ナレッジキャピタル公式サイト. 2024年10月3日閲覧。
- ^ 金口恭久「ドイツにおける私立大学設置の動向」『大学評価・学位研究』第4号、大学評価・学位授与機構、2006年3月、17-35頁、CRID 1050001337633714432、ISSN 1880-0343。
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- ^ “大学などの私立割合、日本は韓国につぐ高さ…諸外国の教育統計”. リセマム (2019年4月12日). 2023年11月30日閲覧。
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- ^ “フランスの教育制度”. フランス留学センター (2016年12月20日). 2023年11月30日閲覧。
- ^ “Tuition Fees In Norway: Detailed Guide For 2023 - The Norway Guide” (英語). thenorwayguide.com (2023年4月4日). 2023年11月30日閲覧。
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- ^ “Universities struggle to implement new tuition fee ruling”. University World News. 2023年11月30日閲覧。
- ^ a b “UKÄ och UHR”. www.hsv.se. 18 October 2017閲覧。
関連項目
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