奥村栄滋
日本の江戸時代後期~大正時代の男爵・政治家・神職者。加賀藩年寄奥村栄通長男で、加賀八家奥村宗家14代当主。正四位・勲六等
奥村 栄滋(おくむら てるしげ、1853年10月9日(嘉永6年9月7日[1])- 1923年(大正12年)3月17日[1])は、加賀八家奥村宗家第14代当主、男爵、金沢市長。正四位勲六等。
生涯
編集嘉永6年(1853年)9月7日、加賀藩年寄奥村栄通の長男として生まれる。慶応3年(1867年)出仕。明治2年(1869年)父栄通の隠居により家督相続。明治7年(1874年)尾山神社宮司となる。明治31年(1898年)金沢市長となる。明治33年(1900年)従五位下、男爵に叙され華族となる。大正12年(1923年)3月17日没。享年71。諡は寂静院殿前本覺榮滋大居士。墓所は野田山墓地の奥村宗家墓所。
栄典
編集脚注
編集参考文献
編集- 国会図書館所蔵「人事興信録」
- 霞会館華族家系大成編輯委員会編『平成新修旧華族家系大成 上巻』社団法人霞会館、1996年。
日本の爵位 | ||
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先代 叙爵 |
男爵 奥村宗家初代 1900年 - 1923年 |
次代 奥村栄同 |