多度志駅

かつて北海道深川市多度志にあった北海道旅客鉄道の駅

多度志駅(たどしえき)は、北海道空知支庁深川市多度志にかつて設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)深名線廃駅)である。事務管理コードは▲121402[2]

多度志駅
駅舎(1995年8月)
たどし
Tadoshi
上多度志 (3.2 km)
(5.4 km) 宇摩
所在地 北海道深川市多度志
北緯43度48分51.5秒 東経142度1分57秒 / 北緯43.814306度 東経142.03250度 / 43.814306; 142.03250
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 深名線
キロ程 14.0 km(深川起点)
電報略号 タト
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線(廃止時)
開業年月日 1924年(大正13年)10月25日[1]
廃止年月日 1995年(平成7年)9月4日
備考 深名線廃線に伴い廃駅
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1977年の多度志駅と周囲約500m範囲。上が朱鞠内方面。駅裏のストックヤードには、沢山の木材が積まれており、副本線と駅横の引込み線にDE10/15らしき機関車に率いられた貨物が停車している。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

歴史

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駅構造

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廃止時点で、1面1線の単式ホームを有する地上駅であった。ホームは、線路の西側(名寄方面に向かって左手側)に存在した[6]。そのほか本線の名寄方から分岐し、駅舎北側のホーム切欠き部分の旧貨物ホームへの側線を1線有していた[6]。かつては単式ホーム島式ホーム(片面使用)を複合した計2面2線のホームと線路を有する、列車交換可能な交換駅であった[7]。互いのホームは、駅舎側ホーム南側と対向ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡した[7]。駅舎側(西側)が下り線、対向側(東側)が上り線となっていた[7]。また、島式ホームの外側1線が側線として残っていた[7]。交換設備運用廃止後は線路は側線を含め1993年(平成5年)までには撤去されたが、ホーム前後の線路は分岐器の名残で湾曲していた[6]

無人駅となっていたが、有人駅時代の駅舎が残っていた。駅舎は構内の西側に位置し、ホーム中央部分に接していた。無人化される以前から駅舎内の待合室の一部を仕切って除雪機が格納されていた[7]。有人駅時代には駅員達により、駅舎内に漫画本が置かれたり、磨かれた置石が飾られていた[7]

駅名の由来

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駅設置当時の所在地名・村名(雨竜郡多度志村多度志[4])より。アイヌ語の「タッウナイ(tat-us-nay)」(カバの木・群生する・川)に由来するとされる[3][8]

利用状況

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乗車人員の推移は以下のとおり。なお、1967年度(昭和42年度)については当駅単体の値が判明していないため参考値を記す。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均
1967年(昭和42年) (367,906) (1,005) [9] 同年の上多度志 - 鷹泊間各駅(仮乗降場除)の合算値
1968年(昭和43年) 184,325 505
1969年(昭和44年) 131,700 361
1970年(昭和45年) 96,934 266
1971年(昭和46年) 74,681 205
1972年(昭和47年) 97,664 267
1973年(昭和48年) 72,784 200
1974年(昭和49年) 71,669 196
1975年(昭和50年) 67,760 185
1981年(昭和56年) 129 [7]
1992年(平成4年) 104 [6]

駅周辺

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多度志の集落からは少し離れた場所に位置した[6]

駅跡

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廃駅後しばらく駅舎やホームが残っていたが、1998年(平成10年)秋にすべて解体され、駅跡地は整地された。2000年(平成12年)時点では工場用地として利用される予定であった模様で、整地されて空き地となっていた[11]。2010年(平成22年)時点でも引き続き空き地で、駅跡近くにあった大木が残り、土盛りがされていた[12]。2011年(平成23年)時点でも同様で、枕木が数本積まれて残存していた[13]

隣の駅

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北海道旅客鉄道
深名線
上多度志駅 - 多度志駅 - 宇摩駅

脚注

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  1. ^ a b c d e 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、845-846頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、223頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  3. ^ a b 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、112頁。ASIN B000J9RBUY 
  4. ^ a b 大蔵省印刷局(編)「鉄道省告示 第198号」『官報』第3651号、国立国会図書館デジタルコレクション、1924年10月23日。 
  5. ^ “「通報」●函館本線江部乙駅ほか49駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 1. (1984年11月9日) 
  6. ^ a b c d e 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)74ページより。
  7. ^ a b c d e f g 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)204ページより。
  8. ^ アイヌ語地名リスト セッ~ツキガ P71”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2019年3月24日閲覧。
  9. ^ 深川市史』深川市、1977年、900頁。doi:10.11501/9570056https://doi.org/10.11501/95700562022年6月12日閲覧 
  10. ^ a b 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)9ページより。
  11. ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くVII』(JTBパブリッシング2000年1月発行)34ページより。
  12. ^ 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』(JTBパブリッシング、2010年4月発行)40ページより。
  13. ^ 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)174-175ページより。

関連項目

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