ジェレミー・ブライヒ
ジェレミー・ブライヒ(Jeremy Bleich, 1987年6月18日 - )は、アメリカ合衆国ルイジアナ州ジェファーソン郡メテリー出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。
基本情報 | |
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国籍 |
アメリカ合衆国 イスラエル |
出身地 | ルイジアナ州ジェファーソン郡メテリー |
生年月日 | 1987年6月18日(37歳) |
身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 215 lb =約97.5 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 左投左打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2008年 MLBドラフト1巡目追補 |
初出場 | 2018年7月13日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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国際大会 | |
代表チーム | イスラエル |
五輪 | 2021年 |
WBC | 2017年 |
この表について
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経歴
編集プロ入りとヤンキース傘下時代
編集2008年のMLBドラフト1巡目追補(全体44位)でニューヨーク・ヤンキースから指名され、プロ入り。契約後、傘下のA-級スタテンアイランド・ヤンキースでプロデビューし、1試合に登板。
2009年はまずA+級タンパ・ヤンキースでプレーし、14試合に先発登板して6勝4敗、防御率3.40、57奪三振を記録した。6月末にAA級トレントン・サンダーに昇格。13試合に先発登板して3勝6敗、防御率6.65、60奪三振を記録した。
2010年はAA級トレントンでプレー。8試合に先発登板して3勝2敗、防御率4.79、26奪三振を記録したが、シーズン中盤に左肩上唇の手術のため離脱した[1]。
2011年はリハビリのためシーズンを棒に振った。
2012年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ヤンキースで復帰。3試合(先発2試合)に登板した。7月からA-級スタテンアイランドに昇格し、5試合(先発4試合)に登板。7月下旬からA+級タンパで8試合(先発2試合)に登板した。
2013年はAA級トレントンでプレーし、27試合(先発4試合)に登板して2勝1敗2セーブ、防御率2.76、57奪三振を記録した。
2014年はAA級トレントンとAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースでプレーし、2球団合計で26試合(先発20試合)に登板して5勝10敗、防御率4.31、92奪三振を記録した。オフの11月4日にFAとなった。
パイレーツ傘下時代
編集2014年11月18日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結び、2015年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。
2015年は傘下のA+級ブレイデントン・マローダーズ、AA級アルトゥーナ・カーブ、AAA級インディアナポリス・インディアンスでプレーし、3球団合計で39試合に登板して1勝2敗5セーブ、防御率2.88、42奪三振を記録した。オフの11月6日にFAとなった[2]。
フィリーズ傘下時代
編集2016年1月25日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ。この年は傘下のAA級レディング・ファイティン・フィルズとAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスでプレーし、2球団合計で30試合(先発1試合)に登板して4勝2敗1セーブ、防御率4.04、24奪三振を記録した。7月16日に自由契約となった[2]。
独立リーグ時代
編集2016年7月28日に独立リーグ・アトランティックリーグのサマセット・ペイトリオッツと契約[3]。17試合に登板して2勝2敗、防御率2.45、28奪三振を記録した。
また、8月26日に第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)予選のイスラエル代表に選出された。この予選4組において決勝戦でイギリスに勝利し、本大会初出場を決めた。
2017年1月18日に第4回WBC本戦のイスラエル代表に選出された[4]。
2月11日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだが、3月29日に自由契約となった。その後、サマセットに復帰し、2試合に登板した。
ドジャース傘下時代
編集2017年4月29日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ。この年は傘下のAA級タルサ・ドリラーズとAAA級オクラホマシティ・ドジャースでプレーし、2球団合計で38試合に登板して5勝4敗3セーブ、防御率3.77、52奪三振を記録した。オフの11月6日にFAとなった[2]。
アスレチックス時代
編集2018年1月9日にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ[2]。シーズンでは開幕を傘下のAAA級ナッシュビル・サウンズで迎え、7月13日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[5]。同日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦でメジャーデビューを果たした[6]。AAA級ナッシュビル降格後の8月6日にマイク・ファイヤーズの加入に伴ってDFAとなり[7]、10日にマイナー契約に変更された(そのままAAA級ナッシュビルに所属)。オフの11月2日にFAとなった[2]。
アスレチックス退団後
編集2018年12月21日にフィリーズとマイナー契約を結び、2019年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[8]が、3月21日にリリースされた[2]。
2019年4月17日にボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ[2]。7月25日にミネソタ・ツインズに金銭トレードで移籍し、11月4日にFAとなった[2]。
現役引退後
編集詳細情報
編集年度別投手成績
編集年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
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2018 | OAK | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 0.1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 2 | 54.00 | 6.00 |
MLB:1年 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 0.1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 2 | 54.00 | 6.00 |
背番号
編集- 56(2018年)
代表歴
編集脚注
編集- ^ “Yankees Prospect Jeremy Bleich Headed for Shoulder Sugery” (英語). bleacher report (2010年5月22日). 2013年12月30日閲覧。
- ^ a b c d e f g h MLB公式プロフィール参照。2021年7月28日閲覧。
- ^ “Somerset Patriots Add LHP Jeremy Bleich” (英語). Somerset Patriots.com (2016年7月28日). 2018年7月22日閲覧。
- ^ Kelly, Fuld Among Players Confirmed for Team Israel WBC Israel Association of Baseball - האיגוד הישראלי לבייסבול (2017年1月18日) 2018年7月22日閲覧
- ^ “Athletics' Jeremy Bleich: Called up Friday” (英語). CBS Sports (2018年7月13日). 2018年7月22日閲覧。
- ^ “Oakland Athletics at San Francisco Giants Box Score, July 13, 2018” (英語). Baseball-Reference.com. 2018年7月22日閲覧。
- ^ Eric He (2018年8月6日). ��A's get Fiers from Tigers for players to be named” (英語). MLB.com. 2018年8月7日閲覧。
- ^ “Phillies' Jeremy Bleich: Inks deal with Phillies” (英語). CBS Sports (2018年12月21日). 2019年2月21日閲覧。
- ^ “イスラエル代表に“異色の左腕” 球団職員から夢の五輪出場「実感が沸きません」”. Full-Count (2021年7月28日). 2021年7月28日閲覧。
- ^ Jake Crouse (2021年7月27日). “Meet the Bucs staffer in the Olympics”. MiLB.com. 2021年7月28日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- Jeremy Bleich stats MiLB.com