朴烈事件(ぼくれつじけん、パク・ヨルじけん)は、1923年に逮捕された朝鮮人無政府主義者の朴烈とその愛人(内縁の妻)でもある日本人の思想家の金子文子が皇室暗殺を計画したという大逆事件と、その予審中の風景を「怪写真」として世間に配布させて野党の立憲政友会が政府批判を展開したという付随する出来事。朴烈・文子事件とも言う。 実際にはテロ事件は発生しておらず、未遂の事件が大逆罪に問われ有罪となったのは予審や大審院での朴烈と文子の言動や担当官吏の思惑によるところが大きい。また事件は、むしろ政治利用された面が大きく、実体の伴わないものであった。